街の明かりが温かいのは


そこに、家族の安らぎを感じるから。


 

 

 …02 First Breakfast

 

 

あ、太陽に薄灰色の雲がかかってる。
バルコニーから何気なく見上げた空は少し重い色合いで、綿を広げたような雲が風にどんどん流されていく。
ゆっくり視線を正面に、そして手すりを越えて下を見下ろして軽く身震いをする。
目が眩むほど高い高層マンションの最上階の一室が、今日から俺の家になる。




「もう片付け終わったのか?」




ココン、と軽いノック音の後にのんびりした声が訊いてくる。
そっちを見ると、俺よりいくぶん茶色がかったオレンジの頭が顔を覗かせてた。




「うん、大体片付いたよ。」
「上出来じゃーん。しっかしお前、荷物少ねーのなァ」




ハイネさんが俺の部屋をぐるっと見回しながら、感心したようにそう言った。
後からやって来たミゲルも、頷きながら笑う。


ミゲルとハイネさん
今日から俺の、家族。




「さてと、じゃあ出かけるか。」
「出かけるってどこへ?」
「ばーか、食いモンとかお前らの部屋の照明とか揃えなきゃダメだろーが。」
「あぁ、そうか。忘れてた。」
「ついでにLDKの家具で、足りないのとか気に入らないのがあったら買い足すから。」




ポンポンと言い切ると、手に持っていた鍵をチャリッと回して行ってしまう。
俺も慌てて上着を掴むと、二人のあとをついて部屋を出た。








ハイネさんの運転でやって来たのは、駅前の大きなショッピングモールだった。
ゲートからずっと続いてるガラスのショーウィンドウには、カラフルな服や家具や雑貨が並んでる。
食料はとりあえず後回しってことで、まずは家具・照明売り場に足を運んだ。
天井から形や色の様々な照明が吊るされてて、その煌びやかさに一瞬目を奪われる。
部屋の照明かぁ、すっかり忘れてたや。
やっぱ少し白みの強い、明るい色がいいかな。
部屋全体が明るくなるよね。
アレなんかいいかな。大きさもちょうど良さそう。


そうじゃん、カーテンも一緒に買わないと。
水色にしようかな、薄い緑でもいいな。
近くにあったカーテンのサンプルを広げて見ながら、思わず顔がウキウキ緩んでくる。
自分の部屋を一から作るって、すごく楽しい。
ここにあれを置いて、こっちはこんな風にして…。考えただけで嬉しくなる。
少しずつ時間をかけて、好きなものいっぱいの居心地のいい空間にして行こう。




「どーよ、ラスティ。決まった?」
「うん、アレにしようと思って。あとね、カーテンはこれ。部屋が明るくなりそうっしょ?」
「ふーん?いいんじゃない。ミゲルも決まったみたいだし、会計済ますか。」
「はーい。」
「じゃ、あれとこれね。あとそのカーテンも一緒。まとめてカードで。」
「ハイネさん、俺自分のは自分で出せるよ。」
「お前から受け取るのは生活費三分の一だろ。あぁ、気にしないで全部一緒でいいですから。」
「かしこまりました。お支払いは何回払いになさいますか?」
「一回で頼むね。全部今日中にココに送って。」
「はい、確かに。ありがとうございました。」




ハイネさんは俺を押さえ込むと、さっさとカード(金色…)で全部の支払いを済ませてしまった。
スタスタと売り場を後にするその背中に、店員さんが妙に深々とお辞儀をする。
…どこかで見た光景のような気がする。
とりあえず足早に行ってしまうハイネさんを追いかけて、慌ててミゲルと小走りに走った。




「ハイネさん、ねぇ」
「ん?あぁ食料はとりあえず冷蔵庫に入るだけ選んどいたから、オッケー?」
「い、いつの間に!?って言うかそんなに要らないでしょ!」
「お前らが照明選んでるあいだ。育ち盛りだろ、いっぱい食っとけよ。」
「じゃあ、もうこのまま帰るか?」
「んー、そうだなぁ。家具で足りねーモンとかなかった?」
「俺はなかったぜ。さっすがハイネって感じ。」
「そりゃ良かった。」




ぐるっと思考を廻らせて、さっきひと通り見回した真新しいLDKを思いだす。
ハイネさんが揃えてくれた家具は、シルバーや黒やグレーなどの色味のあまりないもので
デザインも、シンプルだけど明らかに一流デザイナーの手によるものっていう雰囲気が出ていた。
シックで大人っぽくて、流石はハイネさんチョイスだなって感じさせるものばかりだった。
そう言えば、ミゲルは家具を一つ一つ見ては、嬉しそうな顔をしてたっけ。
あの二人って雰囲気が似てるところがあるし、きっと趣味とか好みも合うんだろうな。
どっちかっていうと俺は元気の出る色とかキャンディーカラーとかのが好きなんだけど。
ぼんやりと二人の会話を聞きながら近くの展示されてるソファを何気なく見ると、レモンイエローとエメラルドグリーンの大柄チェックのクッションがふたつ置かれてた。
爽やかな色合いに思わず近寄って見つめる。
いいな、こういうのがあったらあの部屋に映えるだろうなぁ。
こういうのがあったら、元気が出るだろうにな。




「ラスティは?」




声の方に顔を上げてハイネさんとミゲルを見るけれど、喉が熱く貼り付いたようになってしまって
どうしてか「これが欲しい」と口にすることが出来なくて




「ううん、俺も…特に要らない。」
「そう、じゃ帰るか。」




ハイネさんが薄く笑って、クルリと背中を向ける。
そんな小さな動作が、何となく心に引っ掛かるものを残してく。
急に胸に押し寄せる小さな不安に、上着の裾を強く握り締めた。








不安の原因は、俺と感覚の全く違うハイネさんとミゲルと一緒に暮らすことだって思う。
やっぱりまだまだ他人の二人と、「家族」になるには、お互いに歩み寄ることかなと思うわけで。
とりあえず、俺に出来ることといったらやっぱご飯を作ることだよね!
ご飯を一緒にそろって食べるって、家族の第一歩だと思うし
両親共働きでちっさい頃から家事を分担してたから、結構料理には自信がある。
早寝早起きの俺は早々にベッドを抜け出すと、早速三人分の朝ご飯を作り始めた。
昨日の夜は出前を取ったけど、朝はやっぱりしっかり朝ご飯食べなきゃダメだもんね。




「お、いい匂い。何?」
「おはよミゲル。えとね、コーンスープと目玉焼きとウィンナーだよ。」
「マジで?うまそー。」
「コーヒーでいい?」
「ああ、いいよ。俺がやる。お前も飲むだろ。」
「うん!」




ミゲルが手際よくコーヒーを淹れる。
パジャマに上着を羽織っただけっていう姿に、一緒に暮らしてるんだなぁっていう実感を覚えてくすぐったくなる。
そうだよ、不安もあるけど嬉しいことだっていっぱいあるじゃん。
こんなミゲル、軍では絶対見られなかったもん。




「何?」
「ううん。どうぞ。」
「サンキュ。…うん、旨い。」
「ありがとー!」
「…そうだ、家事の分担とかも決めないとな。食事当番とか、掃除当番とか。」
「洗濯当番もいるかな。」




何気ないおしゃべりをしながらご飯を食べて、ニュースを見て、片づけをして
ハイネさんはまだ部屋から出てくる気配がなかったので、とりあえずラップをしてテーブルの上に乗せて置いて、鞄を掴んでミゲルと一緒に家を出た。










「あれ?」




入学式を済ませて帰ってくると、テーブルの上には朝食が手付かずで置きっぱなしだった。
部屋をノックしても返事はないし、靴もないから、仕事に行ってるみたいだけど…。
…わからなかったんだろうか?
目玉焼きのお皿を手に取りながら、ほんのちょっと気持ちがしぼむ。
もったいないことしちゃった。
とりあえず冷蔵庫に入れて、荷物を置いて着替えると、晩御飯の支度を始める。
まぁでも明日俺が食べればいいもんね。
沈んでいきそうな気分を振り払うように大げさに腕まくりすると、ザクザクと野菜を切り始める。
腕によりをかけて、一番得意のシーザーサラダと豚肉のソテーを作った。
ミゲルとハイネさんが喜んで食べてくれるよう願って。


けれど、その夜もハイネさんはご飯までには戻らなかった。
俺がお風呂に入ってる間に帰ってきて、ミゲルにご飯は食べてきたと言ったらしい。
それからずっと部屋で仕事をしていて、俺は一度も会うことはなかった。








「なぁ、張り切りすぎんなよ。俺は嬉しいけどさ。お前もっと自分のペースでもいいんじゃねぇの?」
「自分のペースでやってるよ。大丈夫。ありがとう」




翌朝も朝食をそろえてお弁当まで作った俺に、ミゲルがちょっと眉をしかめつつも、手を上げて出掛けて行った。
心配してもらえたことに、ちょっと気分が浮上する。
ミゲルがおいしいって言ってくれるなら、いくらだって頑張れるよ。




「ミゲルは出掛けたんだな。」




軽くなった足取りでリビングに戻ると、ちょうどハイネさんもリビングにやって来たところだった。
もう身支度全部済ませてる。
俺をちらりと見てそう言うと、テーブルの上の新聞を拾い上げて目を落とす。




「おはよう、朝ごはん出来てるよ。コーヒーでいい?」
「んー?俺はいいよ。朝からそんなに食えねーし。」




バサッと新聞をテーブルに投げると、冷蔵庫からビタミン剤を出して3粒飲み込んで
上着を羽織りながら俺の横を通り抜けて行ってしまった。
扉が閉まる音を聞きながら、俺は呆然と立ち尽くしてる。
……行ってらっしゃいも言えなかった。
色のない部屋の中、テーブルの上のオムレツだけがやけに黄色く浮き上がって見える。
足がそこに釘付けされたように、しばらくそこから動くことが出来なかった。








どうしてかな。
どうしてうまくいかないんだろう。
俺はハイネさんにしてもらってばっかりで、何にもお返しが出来てない。
そんなの嫌なのに、うまくいかない。
役に立つにはどうしたらいい?
どうしたら、「お前と一緒でよかった」って思ってもらえる?




上の空のままオリエンテーションを受けて、科目登録を済ませて
時間の空いた午後はバイト先で一生懸命働いたけれど、やっぱりふとした時に頭によぎる。
ハイネさんと、どうやったら仲良くなれるんだろう、と
…そればかり。
ミゲルと違って、これまでハイネさんとはほとんど一緒に過ごしたことがなかった。
だからどうしても遠慮とか不安とかが消えなくて、一緒に暮らすことになったのにこんなにぎこちないままじゃ嫌だって思うのに
仲良くなる方法がわからない。


…ってあぁもうダメじゃん、こんな弱気じゃ!
元気で前向きなのが俺の取り柄なんだから、ぐじぐじ考えててもいい案なんて浮かぶわけないっしょ!しっかりしろ!
思いっきりパンパンと両頬をたたいて喝を入れる。
大きく深呼吸をすると、ブンブン腕を回しながら、家までの道を大股でどんどん歩いて行った。
よっし、今日の晩御飯は何にしよっかなー!
勢いよく鍵をまわして扉を開けるとすぐ、黒の皮靴が目に入った。
ダイニングの椅子に、ジャケットがかかってる。
ハイネさんだ。もう、帰ってきてるんだ。
時計を見ると、5時半を回ったところ。
今日は早かったんだ。じゃあ、家でご飯を食べてくれるんだ!


慌てて手を洗うと、冷蔵庫から野菜とポテトと卵なんかを取り出した。
朝のこともあるし、あの分だとお昼だってろくろく食べてないハズ。
きっとまた部屋で仕事してるんだろうから、何か食べやすいのにしよう。
すぐに出来るスープとサンドイッチを作ると、トレーに乗せてハイネさんの部屋のドアをたたいた。




「ハイネさん?入っていい?」




返事はなかった。
そっとノブを回して開けると、こっちに背を向けてパソコンに向かっていた。




「あ、あのね。サンドイッチとスープ持ってきたんだ。お腹すいてると思って」
「いらねーよ。」
「でも食べてないんでしょ?」
「俺にかまわなくていいから、お前らで食ってろ。」




予想以上に言葉尻がきつくてびっくりした。
昨日も遅かったみたいだし、疲れてるんだろうか。
こっちを振り向きもせず、淡々と言い放つその背中がそれ以上を拒絶しているようで、トレーを持つ手にじわりと汗がにじんでくる。
一瞬ひるんで後ろに引きそうになった足をぐっと押さえて、すたすたと中に入り込むとハイネさんの前に回りこんだ。
ローテーブルにトン、とトレーを置いてハイネさんの顔を正面から見る。
パソコンから目だけこちらに向けたその顔は、だいぶ疲れている様子だった。
瞳にいつもの明るい色がなく、眉が険しく寄せられている。




「さめても美味しいのにしたから、手が空いたときに食べて、ね?」
「だからいいって。」
「よくないよ。体に悪いし。」
「お前には関係ないだろ。」
「心配じゃん。一緒に暮らしてるんだよ。ほかに何か欲しいものある?果物とか持って来ようか?」
「いらねぇって言ってんだろ。…うざいんだよ、そういうの。」
「えっ?」




心臓がヒヤリと冷たくなった。
指先が緊張して、わずかに震えてるのがわかる。
うるさいくらいにどきどき言ってる。
今、なんて?




「ハイネさ…」
「お前は俺の親でも召使いでもないだろ?俺のやり方に干渉すんなよ。」




ハイネさんがイライラしたように手で前髪を掻きやりながら、冷たく溜息をつく。
片手がマウスを弄ったり、パチパチとキーを叩いたりと落ち着かない様子で
眉間の皺は一層濃く刻まれていた。





何で?


何で?


じゃあ、何で…!?




その凍ったエメラルドの瞳を見た瞬間、抑え切れない憤りがせり上がって溢れた。




「じゃあ何で一緒に暮らそうなんて言ったんだよ!」
「あぁ?」
「同じ家で暮らすって、家族になるってことじゃないのかよ!?違うの?!」
「ラス」
「何で家族の心配しちゃいけないんだよ!どうしたら知らんぷりして生活できるんだよ!?」




ハイネさんが何か言うのにも構わず、ぶちまけるように叫び続ける。
仲良くなりたいって思ってたのは俺だけだったの?
興味を持ってもらってるって思ったのは勘違いだったの?
一緒に暮らそうって言ってもらえてすごく嬉しかったのに…!




「一緒に暮らしてるのにお互い全く干渉しないで過ごすだなんて俺には耐えらんない!…そんなの絶対嫌だ!!」




指先も唇も心臓もがくがく震えてどうしようもなかった。
喉のあたりが熱くなって硬くしこりになったみたいで痛い。
不審そうなハイネさんの顔が次第にぼんやり霞んでしまいそうになって、ぎゅうっと目をつぶって堪えた。




「…そんなの…俺、ムリ…!」




掠れた声でそれだけ言うと、トレーを持って走って部屋を出た。
キッチンのポリバケツを開けて、皿の上のサンドイッチを放り込む。
スープ皿のスープも、まな板の上のパンの耳もトマトの端も全部全部ゴミ箱に投げ入れた。
それを追いかけるように、ぼたぼたと涙が落ちていく。
情けない、俺。ホントに最悪…。
食べ物にあたるなんて最低だってわかってるのに。
でも他にこの憤りの持って行き場がない。
ハイネさんが創ったこの家は、広くて綺麗で、とても冷たい。
悲しいときに抱きしめるものが何もない。
革張りのソファに身を投げても少し沈んだ体は押し返されて、涙は表面を滑って床に落とされてく。
何もかもに拒絶されている気分がして、涙が止まらなかった。








「ただいまー。…ラスティ?」




カチッと音がして、部屋が明るくなった。
重く痛む目を擦りながら体を起こすと、上着を脱ぎながらミゲルが側に寄ってきていた。
俺の顔を見て一瞬驚いたようだったけど、すぐに状況を理解したようで、困った風に顔を崩しながらソファの横にしゃがみ込んだ。




「だから張り切りすぎんなっつったろ。あーあ、こんなに目ぇ腫らして。」
「だって…一緒に暮らすなら仲良くしたかった…」
「わかるけどさ。頑張ってどうにかなるもんじゃないだろ、そういうのって。」




ミゲルがクシャッと俺の頭を撫でると、立ち上がってキッチンに入っていく。
その姿をぼんやり見ながらソファに座り直そうとしたら、スルリと足を滑って何かが落ちた。
……ブランケット?
こんなのかけてたっけ、俺…




「スープあんじゃん。あとサラダとオムライスでいいかー?」
「う、うん!」




ミゲルの声に急いで丸めて脇に置いたとき、薄いグレーのブランケットにしみ込んだ香りがふわりと鼻を掠めた。
その香りに一瞬思考が停止して。
ちょっと考えて、八つに折り畳んでからキッチンに駆けて行った。










次の朝は雲ひとつない快晴で、ミゲルはいつもよりずっと早く出掛けて行った。
ミゲルと一緒に朝食を済ませた俺は、のんびりと支度をしていた。
部屋の片隅には、引っ越した時に荷物を入れてた箱がまだ置きっぱなしで、ゆっくりとそれに近づいて手に取ってみる。
荷物をまとめて今日にでも出て行こうかという思いと、やっぱりまだここに居ようかという思い。
昨日ハイネさんの部屋を出たときにはもうハッキリ決めていたのに、今はすごく迷ってる。
落ち着かない気持ちで鞄を持ったままダイニングに行くと




「…ハイネさん」




昨日の朝とは違って、パジャマでこそないけれどセーターと黒のパンツというラフな格好のハイネさんがそこに居た。
ちょうど金色の缶を手にとって、カパンと開けたところで。
真っ白のカップとティーポットに注がれてたお湯をシンクに空けて、缶から二杯スプーンですくってポットに入れる。
お湯を注ぎながらこちらを見て、柔らかく表情を崩した。




「俺、紅茶のが好きなんだよねぇ。」




そう言ってちょっとだけ気まずそうにしながら、ポットとカップを持ってダイニングテーブルに座る。
側に寄ってそんな様子を見ながら、不思議とあの憤りがしぼんでいくのを感じた。
代わりに、ちょっと昨日までとは違う何かが、ポコンと心の中で湧き上がる。
俺はとても自然に




「昨日はごめんね。…ブランケットありがとう。」




そう、言っていた。
ハイネさんがちょっと面食らったような顔をする。
照れているのか、不機嫌そうに目を逸らしてポットを弄ってた。
それを見てたらちょっと可笑しくなって、小さく笑ってしまった。




「じゃあ、俺行くね。」




鞄を背負いなおして、玄関に向かって歩き出そうとした俺の手をハイネさんが引っ張って止めた。




「悪い。言い過ぎた。」
「ハイネさん?」
「…出てくなよ、なぁ。」




掠れるような、囁くような声だったけど、とてもハッキリと聞こえた。
初めて聞くような、ほんの少しだけ寂しそうなハイネさんの声。
その言葉は、「一緒に暮らそう」と言ってくれたあの時以上に俺の心を揺らして
優しく、波立たせる。




「出て行かないよ。学校に行くだけ。」
「はぁ!?なんだよそれ!紛らわしい言い方すんなっつーの!!」
「勝手に勘違いしたくせに。」
「知るか。あー、バカみたい。とっとと行け。」
「ふふ。心配しなくても帰ってくるよ。ここが、俺のうちだから。」




そう言って笑うと、ハイネさんがなんとも言えない顔をして
俺の気のせいでなければ、ほんの少しだけ顔を赤くした。
一緒に暮らし始めて今やっと「ハイネさん」が見えた気がして、心がほっと緩んでいくのを感じる。




「じゃあもう行くね。」
「あ、ラスティ。」
「うん?」
「今日は、早く帰ってくるから。家で晩飯食べられるわ。」
「…うん!!」




その一言が何より嬉しくって、大きな声で返事をしたら、ハイネさんが目を細めて笑った。
また一つ、ポコンと心に湧きあがる。やさしい、きもち。




「じゃあ行ってくるね、ハイネさんもお仕事頑張っ……あ、」
「どうした?」










「…行ってきます、ハイネ。」




顔を上げてそう言うと、ハイネさんが一瞬驚いたように目を見開いて
次の瞬間、今までに見たことがないくらい綺麗な顔で笑った。
ハイネさんの周りの空気が変わったと思うくらい、ふんわりと明るく。
…それで何で俺の顔が熱くなってんの。
何だか無性に逃げ出したくなるくらい恥ずかしくなって、顔を逸らして出掛けようとした俺の手は、そう言えばまだハイネさんに掴まれたままだったことを思い出す。
くいくいと引っ張られてそっちを見ると、心なしか上気した頬でハイネさんが優しく微笑んだ。




「行ってらっしゃい、ラスティ。」




…呼ばれ慣れてるはずの名前が、やけにくすぐったかった。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



名前を呼ばれるのって、意識すると結構恥ずかしい気がする(笑)。
下の名前を呼んでいいっていうのは心を許した証って、どこかの海軍の頭領が言ってましたし。
「家族」の条件って色々あると思いますけど、私はやっぱりご飯を一緒に食べることが第一歩かなと思います。
ついでに一緒に暮らす上で問題の生じやすいのもご飯だと思う。好き嫌いありますもんね!
攻め属性さんはちょっとヘタレなくらいが萌えます。




2005.11.30