手を繋いで、暮らそう


 

 

 …01 同居のススメ

 

 

キィン、という飛行機の音に空を見上げた。
光に反射するその翼は、真っ白な大型航空旅客機。
穏やかに晴れた空が青い。
眩しさにかざした俺の手は、もう銃を握ってはいない。




C.E.72
念願叶って、とうとうザフトと地球軍の間に無期限休戦条約が締結された。
相互理解のもと、今後はお互い一切の武力干渉なしという約束が交わされた。
もちろん、今までのことを思えば完全に安心し切れるわけではなかったけれど
でも、ようやくお互いが歩み寄ることが出来て、長かった戦闘に終止符が打たれたんだ。




「ラスティ、お前除隊するって本当か?」




不意に、二週間前の軍の廊下とイザークの姿が甦ってきた。
相変わらず眉間に皺を寄せて、不満そうに俺に話しかけてきたっけ。




「うん、もう除隊届けを出してきた。」
「お前、本当に退役するつもりなのか。」
「そうだよ。」
「何故だ。今後も軍事力が必要なことくらい、わかってるんだろう。」




平和になったと言っても、きっと小競り合いは起きるだろうし、国防軍は必要。
この先も、かなりの間は軍が大きな力を持つことになるに違いない。
だから、イザークとかアスランは、きっと軍に残るだろうと思っていた。
親のこともあるし、何より二人は期待の星だ。
将来ザフトを、プラントを導く力になっていくのだろう。
でも俺は違う。




「平和になったんだろ。もう俺の居場所はココにはないよ。」
「…何をするつもりなんだ。」
「カレッジに行って資格取って、保育士になるつもり。」




俺に眉をしかめて、ザフトレッドが情けないと言いつつも、「お前らしい」と言ってくれた。
きっと、俺の思いを見透かしたのだろうと思いながら、手を振って別れた。




この世界を平和にする力になりたいと思った。
みんなが安心して暮らせる時代を造りたいと思った。
それが叶った今、もう軍に残る理由はない。
今度は平和な世の中で、好んで必要とされる仕事に就きたいと、そう思ったんだ。


幸い、カレッジの入学試験はすんなりパス出来て、秋学期から通い始めることになった。
軍施設とそれほど変わらない、プラントの中でも最深部にあるカレッジ。
家からも通えなくはないけれど、時間もかかるし、これまでほとんど軍にいた俺が家に戻っても、お互い窮屈になるんじゃないかなと思い始めて。
これを機会に一人暮らしをはじめようと、今は目下新居を探索中、と言ったわけ。
まぁ都市部だし、そんなに安くていい物件なんてそうそうないのはわかってるけど。
学生も結構いるし、割と目ぼしいのが幾つか見つかってる。
バイトの口も良いのが決まってるし、貯金もあるし、多少なら何とかなるかなぁ。
とにかく交通の便が良くて、生活に便利なとこだよな、うん。
そう思いながら、不動産屋のショーウィンドウに貼られた物件を眺めていた時だった。




「なーにやってんの。」




思いもかけない声が、後ろから聞こえてきた。
振り返った先にいたのは、俺がまだザフトレッドと呼ばれていた頃に一度だけ会ったことがあって、
ひょんなことから、一日だけ一緒に休日を過ごすことになった先輩。
元ホーキンス隊のエース。ザフトレッド。
そして彼も、俺が辞めるのとほぼ時を同じくして退役したと聞いてる。
ハイネ・ヴェステンフルス…、さん




「ハ、ハイネさん!?何でここに!」
「ブーッ、ハ・イ・ネ。いつまでもさん付けなんてしてんじゃないよ。」
「質問に答えてませんー。」
「要求に応えてませんー。」




ハイネさんが俺の口調を真似しながら、人差し指を俺に向けて悪戯っぽく言った。
…ホントに自分のペースを突き通す人なんだから。
我が侭と言うか、自己中というか、マイペースというか
こんな調子で、あの時も自分のペースに俺を巻き込んで振り回したんだったっけ。
先輩って呼ぶのと敬語つけるの禁止。使ったら罰金!とか言って…。
ハイネさんて超大人っぽいのに、ときどきものすごく子供みたいなことを言い出す。




「じゃあヴェステンフルス先輩。何でここにいるんですかー。」
「うっわ、可愛くねー。お前って素直じゃないよね。」
「答える気がないなら俺はこれで失礼します。」
「せっかちだな。人生損するぜ?」
「だって先輩とこんな調子で話してたら日が暮れるっしょー。もぉー。」
「で?何してんの?」
「…マンションを探してるの。一人暮らししようと思って。」
「おっ、ナーイスタイミーング!ちょうど良いのがあるぜ、来いよ。」
「えぇっ!?」
「ほら早く早く!タイムイズマネー!」
「(さっきと言ってること違う!)」




とか思いつつ、うっかり促されるままに停められてた車に乗り込んでしまった。
なんかこの間もこんな感じであっちこっち連れて行かれたんじゃなかった?
やっぱハイネさんのペースになってる。
つーかホント俺ってば学習しないなぁ…トホホ。




「お前、軍やめたんだって?」
「何で知ってるの?」
「有名だぜ?それで家探してんだろ。軍やめて何すんの」
「カレッジに通うことにした。資格とって、保育士になりたいんだ。」
「かーわいい。お前に似合いそうじゃーん。」
「…そういうハイネさんは?ハイネさんも退役したって聞いてるよ。」
「俺?俺は家業を継ぐからねぇー。ま、主にSEみたいな仕事してんよ。」




そんな話をしながら車にゆられて
連れて来られた先は、プラント心臓部の都市に聳え立つ、見上げるばかりの高層マンションだった。
ガラス張りの入り口に、グレーと黒が基調の概観。
植え込みもきれいに手入れされてる。
手を引かれるままに中に入れば、真っ白な床は大理石のようだった。
当たり前のように自動ドアで、郵便受けが妙に豪華。
もう一枚ガラス張りの扉があって、隣の電子キーを慣れた仕種でハイネさんが押していくと、上品な解除音が鳴って扉が開いた。
続く広くて天井の高いエントランスホールには、管理人…というかホテルの受付のような人がいる。
その人がこちらを認め、深々と頭を下げてお帰りなさいませと言うのに片手を挙げて、ハイネさんはエレベーターのひとつを呼んで俺を引っ張り込んだ。
音もなく動くエレベーターは内装もやたら綺麗で広々していて、不快感をまったく感じさせない。
あれよあれよという間に俺たちは最上階に到着し、一番奥の部屋の前に立っていた。


ハイネさんが鍵を開けて俺を招き入れたその部屋は、いかにも新築という感じで、明るく広々としている。
…というか広すぎないかな、これ。
外観を見たときから既に場違いな気はしていたんだけど。
玄関を入ってリビングと思われるところに来た時点で、それは確信に変わった。
ド、ドアの数が多すぎる気がする。
そもそも俺が一人で暮らすのに別にリビングとか要らないし…!
明らかに俺とは何段も格の違う生活をする人が住む家だよ、これって。




「どうよ、ここ?」
「…どうよって、マジ無理。(帰りたい)」
「あれ?気にいらないー?」
「気に入る、気に入らないの問題じゃなくて!俺がこんなとこ住めるわけないでしょうがっっ!」
「住める住めないは置いといて、お前はここ気に入った?」
「…あのですね」
「気に入った?」




ハイネさんが首をかしげながら俺を見てくる。
ほんとにこの人はマイペースで人の話を聞かないから困る。
そんでもってそれが何となく憎めないし、根負けしちゃうから、結局巻き込まれちゃうんだよなぁ…。
はぁ、っと大きくため息をついて、ぐるっと部屋を見回した。
南向き最上階、3LDK。
リビングダイニングはざっと見て20畳ほどだろうか。既にこの一室で事が足りそうなくらい大きい。
窓も大きいし見晴らしもいい、周りの環境もいい。何より交通の便が最高。
外観や室内のデザインだってすごくカッコイイし、セキュリティも万全っぽい。
誰だって一度は憧れる高級マンション。
そりゃ、住めるもんなら住んでみたいと思って当然じゃん。




「…そうだね、すごく綺麗だし。広いし、こういうところに住むのは一種憧れというか、最終目標みたいな感じはするけど。」
「じゃ、ここで決まりな。」
「は!?」
「つかここ、俺のマンションなんだけどね。」
「はいぃ!?」
「いやぁー仕事始めんのに便利だからって住むこと決めたんだけどさ、ちょっと広すぎたかなーと思ってたんだよねぇ。」
「そうだよ、普通一人で暮らすのに3LDKなんて借りないって。」
「で、まぁ一人で暮らすのも味気ないし、せっかくだからお前もここに住めよ。」
「ちょ…待ってよ、だから俺こんなところ借りられるほど金持ってないってば!」
「誰が借りろっつったよ?ここは俺のマンションだって言ったろ?」
「え…?あの、それって」
「このマンションの持ち主が、俺なの。」
「ぜっ、全部!?これ全部!?」




俺が血相を変えて聞くと、ハイネさんは何でもないことのように頷いた。
…この高級マンション一棟全部が俺と三つ四つしか違わない人の持ち物なんて…。
あぁ、クラクラしてきた。
そもそもの金銭感覚とかかなり違うし、相当金持ちだとは思ってたけど
想像を超える展開に、ちょっと思考がついて行けない…。




「つっても、この階以外は全部他人に貸してんだけどさ。最上階は自分が使うかもなーと思ってストックしてたわけよ。」
「(十分だと思う)今度長者番付見てみよ…」
「あん?」
「いえ、なんでもないです。」
「そ?ま、そういうわけだ。お前だってここならカレッジかなり近いんだろ?」
「うん。て言うか見えてるし。」
「ならここに住めって。家賃いらねーしさ。」
「ちょ、そういうわけにはいかないよ!」
「バーカ、学生さんは何も心配しないで学校行ってりゃいーんだって。俺がお前の足長おじさんになってやるっての。」
「でも!」
「お前と一緒ならいろいろ楽しそうだし?な、一緒に暮らそうぜ。」




ハイネさんがそう言って、ものすごくきれいに笑ったから
もうそれ以上何も言えなくなってしまった。
確かに、これまでずっと家族と一緒とか、仲間と一緒とかの生活に慣れていた俺は
一人暮らしに憧れてはいたけど、半面とても寂しいとか心細い気持ちもかなりある。
ルームシェアする相手がこの人って言うのは正直どうかなとも思うけど
俺はこの人に興味があるし、きっとこの人も俺に興味を持ってくれてる。
何よりも、一緒に暮らそうって言ってくれたことがとても嬉しかった。




「生活費、半分出させてくれる?」
「えぇー?そんなの俺に任しとけばいいじゃんよ。」
「遠慮しないで暮らすためにココは俺も譲らないよ。」
「…わーかったよ。お前も男なりのプライドあるだろうしな。」
「じゃあ、よろしくお願いします。」
「よっし、いい返事。」




ハイネさんがそう言ってニッと笑ったので、俺もにっこり笑い返した。
何だかんだで比較的この人のペースになってしまうけれど、それもまぁ悪い流され方じゃない。
もっともこの人と暮らすのは相当エンゲル係数上がりそうだから、引き締めていかないと。




「さて、いつから住む?なんなら今日からでもいいぜ。」
「えと、一応荷造りとかするし、今週末でもいい?」
「オッケー、じゃあ俺も週末からここに住むことにするかな。」
「…今は住んでないの?」
「んー、今はまだね、別んとこ住んでんのよ。」
「…ふーん(怖くてこれ以上は訊けない)」
「さ、じゃあ家まで送ってやるよ。行こうぜ。」
「うん、ありがとう。」




帰りもハイネさんの車にゆられて、来た道を戻っていく。
教えもしないのに、ハイネさんは当然のように俺の家を知っていた。
…訊きたいことは色々あるけど、そんなにいっぺんに訊いたら人生変わりそうなのでとりあえず放置しておいた。
一緒に暮らし始めたら、こんな事が頻繁に起こるのかなぁ…。
そんなことをぼんやり考えながら、ハイネさんを見送って扉を開けた。




「ただいま」
「あら、ラスティお帰りなさい。ちょうどよかったわ、今さっきミゲルさんがいらした所よ。」
「ミゲルが?」
「よ、ラスティ。久しぶり。」




母さんがそう言うが早いか、リビングからひょいとミゲルが顔を出した。
思わず小さく心臓が跳ねる。
軍人だった頃は毎日に近いくらい会っていたせいだろうか。
なんかすごく久しぶりな気がする。




「どうしたのミゲル。今日は仕事は?」
「今日は休みだよ。お前にちょっと話が合ってさ。」
「話?」




そう言えば、退役以来ミゲルに会うのはこれが初めてだった。
同期以外にあまり具体的な話をしてなかったので、不審がられたんだろうか。
込み入った話になるかと思い、とりあえず俺の部屋に招き入れた。
ミゲルにクッションを手渡しながら俺はベッドに腰掛ける。
もうすでに週末くらいには引越しをしようと思っていた俺の部屋は、少しずつ詰め始めた荷物のダンボールがいくつか床に置きっぱなしだった。
それをぐるっと眺めながら、ミゲルが口を切った。




「退役してからどうしてるかと思ったけど、結構元気そうじゃん。」
「あーうん、まぁ。おかげさまでね。」
「お前、カレッジに通うんだって?家を出るんだ?」
「うん。ちょっと勉強したいことがあるから。バイトもしなきゃだし、もっと中央に住もうと思ってる。」
「な、俺とルームシェアしないか?」
「はい?」




唐突なミゲルの申し出に、思わず俺は間抜けな声を出してしまった。
ミゲルはそんな俺にかまわず、さらに話を続けた。




「俺もさ、軍には残るんだけど通いにしようと思ってんだよ。で、通いやすいところに家を探してんだけど、やっぱ都市部って高いじゃん。お前となら割と気心も知れてるしいいかなーと思って。どう?」
「どうって、」




うーわー何なの何なのこの展開は!
その、俺はミゲルに対してひとところなく思っているわけですけれども本人全くそれを知らないからこういうこと言い出せるんだろうしまぁ願ってもないことなんだけどって言うかすごく嬉しいしでも
ちょっと待って!
だって俺、ついさっきハイネさんとルームシェアをする約束をしたばっかりじゃん!




「え、と、ちょ…ちょっと待ってね。」
「何?なんか困ることでもある?」
「いや、あの俺ちょうど今さっき住むところが決まったばかり、で。」
「そうなのか!?うわ、タイミングわりーな…。どこ?」
「中央の、セントラルパーク駅のすぐ近く。」
「一等地じゃん。よく借りられたな。」
「一緒に住まないかって言ってくれる人がいた、から。便乗?」
「へぇ、誰?」
「ハ、」
「は?」
「…………ハイネさん。」




「…………ハイネさん、て、あのハイネ先輩?ハイネ・ヴェステンフルス?」
「うん、そう。」
「うわ、なにそれマジ良くねぇ!?て言うかお前そんなにハイネ先輩と仲良かったっけ!?」
「たまたま会ってそんな話になって…だからかなり成り行きなんだけど。」
「いいじゃん。うーわ超羨ましいぜ。」




ミゲルが興奮したようにまくし立てた。
無理もないか。ミゲルってハイネさんのことすごく尊敬してるって常々言ってたもんなぁ。
…俺としてはミゲルとルームシェアのほうが相当魅力的だったりするんですけど。
そうじゃん、今からでも遅くない、断ってみよう、かな。




「ちょっと連絡してみる。」




聞いてるのかどうかわからないミゲルをそのままに、廊下の電話を取る。
さっき聞いたばかりの携帯電話の番号を、メモを見ながらプッシュした。




「もしもし。ハイネさん?ラスティですけど。」
「おう、どうした?何か足りねーもんでもあったか。」
「いえ、そうじゃなくて。今家に帰ってきたらミゲルが来てて、やっぱミゲルも家を出るからルームシェアしようって言ってきたんですよ、それで」
「あ、そうなの?じゃあアイツも一緒でいいよ。」
「は?」
「3LDKだし、問題ないんじゃない?手狭ならもう一部屋空けるしさ。そう言っといて」
「は、い…?」
「じゃ、また週末な。」




ハイネさんが一方的に話をまとめると、そこで電話を切った。
俺は受話器を握り締めたまま呆然と立ち尽くす。
振り返って開きっぱなしの扉越しにミゲルを見て、また受話器に目を戻して


俺と、ハイネさんと、ミゲルと…?
一緒に、暮らす?


電話の内容を告げて小躍りするミゲルをぼんやり見ながら、俺は言い知れない何かを感じてた。
今、妙な胸騒ぎがするのは不安だろうか
それとも、…期待?








週末まで、あと5日。
俺たちの新しい生活が、始まる。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



と言うわけで、パラレル小説「3人暮らし」始まりますですー!
かなり展開苦しいですけど(笑)、でもこの3人が一緒に暮らすんですよ!奥さん!
もうもう色々楽しそうじゃないですか!めくるめくじゃないですか!(笑)
そんなラ・ヴィ・アン・ローズな様子を、これから少しずつ書いていきたいと思います。
どうぞお付き合いくださいませーvv




2005.11.22