|
唐突に投げかけられたいくつもの言葉。いくつもの優しさ。 P u Z z L E ...4 銀の手摺りに掴まって、電車に揺られながらぼうっと外を眺めていた。 カーブに差し掛かって大きく電車がうねる。 灯り始めた街の明かりがチラチラと揺れて通り過ぎていく。 『さんについて知ってること。もうひとつ』 『テニスが大好き』 佐伯くんの最後の言葉が頭の中でぐるぐる回ってる。 …言い切られてしまった。 けれど反論する気も起きなかった。 可笑しいの、最初は「テニスは嫌い?」って訊かれたくらいだったのに 帰る頃には、同じ人に「大好き」って断言されるほどに変わるなんて。 でも確かにあたしの心の中でほんのちょっと何かが変わっていて、そして彼はそれを感じ取ったんだ。 『身近な優しさってなかなか気づかないものだから』 …ホントに、何か知ってるんじゃないかと思うくらいズバッと言ってくれるなぁ。 ちょっと底知れない彼に怖さも覚えつつ、けれど気付かせてくれたことに感謝もしつつ。 お財布に挟んだままの引き取り証を眺めて、腕時計を見遣った。 今からならギリギリ閉店時間に間に合うかもしれない。 肩にかけたままのジャージの温かさを噛み締めながら、だんだん近くなるホームを見つめていた。 テニス部はまだ学校で練習してるだろうか。 侑士と約束をしていたのは今日だったから、試合はなかったと思うのだけど…。 右手に提げた紙袋には、クリーニングから戻ってきたばかりの跡部のブレザー。 紙袋とブレザーを覆ったビニールが擦れて、歩く度に僅かに音を立てる。 あの日返しそびれても、休み明けに跡部はちゃんとブレザーを着ていた。 別に今すぐじゃなくても良かったのだろうけど、今の気持ちを忘れないうちに返しに行きたかった。 ショルダーバッグの紐をキュッと握って、あたしは早足でバス停に向かった。 「…まだ残ってる人もいるんだ。」 正門を抜けてすぐに見えたテニスコートに灯る明かりと、近づくにつれて耳に届くラケットの音に少し驚いた。 ナイター設備も整ってる氷帝とは言え、試合の直前にそんなに遅くまでやらないだろうと半分諦めてた。 流石に全体練習ではなく、どうやら何人か残って自主練してるだけのようだったけど。 いつもギャラリーで黒山の人だかりのフェンス周りは、もう誰もいない。 出来るだけ見つかりたくないし、木の陰に隠れながらコートの方へ近づいてそっと中の様子を窺う。 瞬間、金縛りにあったように動けなくなった。 ただ、黙々とサーブをしていただけだった。 けれどその一連の動きがどこまでも綺麗で、しなやかで あたしは目を離せなくなった。 …そう、このリズム。 あたしは、一緒にいるうちに呼吸まで似てきたのだろうか。 このリズムが呼吸と自然に馴染んで、とても好きで だからいつもサーブは、息をするようにリズムを取っていた。 別にテニスが嫌いなわけじゃなかった。 ただ、テニスを見てると侑士をいくらでも思い出すから。 だから逃げてただけ。 ルールがわからなくても、ずっと侑士のプレイを見ていれば何となく彼のコンディションが伝わってきた。 今日は調子が良さそう。今日は足に違和感があるのかな。今日はとても嬉しそう。 恋人と呼ばれる前からずっと見てきた。こんな近くでは見られないから、教室の窓からこっそりと。 そんなことを思い出すのが嫌だった。どれだけ自分には侑士しかいなかったのか思い知るのが怖かった。 飛び出して行って、大声で、今のサーブ最高!って叫べない今の自分を思い知ることが怖かった。 「やったわ侑士!今のサーブ最高やん!」 明るい大きな声が響いて、侑士の彼女が満面の笑顔で駆けて来てタオルを差し出す。 嬉しそうに侑士が手を伸ばしてそれを受け取った。 彼女を見つめる満ち足りた瞳。 何か囁いた彼女に耳を寄せて、二人で笑い合う。 喉が焼け付いて、息が詰まりそう。 息が浅くなって苦しい。 音を立てないようにそっと木の陰に体を潜めて、大きく息を吐いた。 やっぱり、嫌いになんてなれない その声があと僅かでも遅ければ、あたしはそのまま逃げるように帰っていただろう。 そうでなければ、この場にただ蹲って動けないほど泣き崩れていたか。 それくらいギリギリとあたしの精神は苛まれていたのだけれど 「おい、お前らもそろそろ上がれ。」 熱の篭もらない低い声に、ハッと引き戻される。 胸に抱えたブレザーが入った紙袋の持ち手を、ギュッと握り締める。 目的を忘れるな。 あたしはここに泣きに来たんじゃない。 そっと木の陰から顔だけ出してコートの方を見る。 跡部に促されて、ぞろぞろと自主練をしていた部員が片付けを始めてる。 ……どうしよう、跡部に会うことしか考えてなかったけど 侑士たちには会わずに跡部に声をかけることが出来るだろうか。 帰り支度を済ませたらしい部員たちが、部室に声をかけながら帰路に着き始める。 出入り口はちょうどコートの反対側だから容易に見つかることはないけど、その分声も掛け難い。 それに暗いからよく見えないし。 と、ガチャガチャと鍵を閉めるような音が耳に届いた。 戸締りしてるってことは最後の人が出たってことで、 鍵は多分跡部が持ってるんだろうから、つまり跡部も出て来たということ 木陰から身を乗り出すようにそっちの方を眺めた。 街灯にほんのり照らされて跡部らしき姿が見えたけど、その向かいにもう二つ影が見えた。 三つの影は何か話をしているようで、声は到底聞こえないけどこの時間なら、一緒に帰ろうとか、車で送ってってやるよとか、きっとそんな内容なんじゃないかと思う。 はぁ、と溜め息を吐いた。 そっちに背を向けるように木陰に体を隠す。 このシチュエーションであたしが出て行くのは相当おかしいし、気まずい。 仕方ない、また休みが明けたら返そう。 とりあえず暫くはここで三人が帰るのを待ってから出て行くか。 そう思っていたのに、不意にすぐ後ろでガサッと葉擦れがしてあたしは飛び上がるほど驚いてしまった。 「こんなとこで何してんだよ。」 「っ!!!!」 大声で叫びそうになったのを、寸でのところで手のひらで口を塞いで押し留める。 だってすぐ側に侑士と彼女がいると思っていたから。 けれど眉間に皺を寄せてあたしを茂みから引っ張り出した跡部の隣には、誰もいなかった。 キョロキョロと見回しても、辺りは静まり返っていて、風に揺れる木の葉擦れだけがザワザワと耳に届くだけだった。 「ひ、ひとり、なの?」 「お前には二人に見えるか?」 相変わらずの皮肉っぽい会話の応酬。 けれど、一人だとわかってあたしはホッと息を吐いた。 驚きすぎてまだ心臓はバクバクいってたけど、ひとつ深呼吸をして何とか鎮める。 怪訝な顔をして何か言いたげな跡部に、手に持っていた紙袋を差し出した。 「あ?」 「借りてたブレザー。ごめんね、クリーニングに出してて返すのが遅くなっちゃって。」 「…ああ」 少し驚いたような顔をした跡部は、もしかしたら忘れてたのかも知れない。 普段から仲が良かったわけじゃないし、クラスも違ったし。 侑士とあたしは一年からずっと仲が良くて、跡部もそれを知ってたから、侑士と一緒の時にちょっと話すくらいはした。 でもホントにそれだけ。跡部にとってあたしはそこら辺の女の子と変わらないだろう。 知り合いが車に撥ねられたら寝覚めが悪いから助けて、泣いてたからちょっと親切にして、ただそれだけのこと。 気まぐれかもしれない、跡部にとっては。 けれど、あの日、泣きじゃくるあたしに放られたブレザー。 その行動がたとえ気まぐれでも優しさから生まれたのはきっと間違いないから。 「ありがとう。」 にっこり笑ってお礼を言った。 相変わらず少し驚いたように目を見開いていたけど、スッと片手を伸ばしてあたしから袋を受け取った。 「もしかして、忘れてた?」 「別に、必要なかっただけだ。ここんところ暖けぇし」 「うん…あたしも忘れてたんだ、ジャケットの暖かさとか、優しさ。」 へへ、と笑ったあたしを意外そうに見返していたけど すぐにあたしの言葉の意味を理解したらしい跡部は、フッと小さく微笑んだ。 それは何度か見たことのあるような皮肉っぽいそれじゃなくて、それにじんわりあたしの心が温まる。 …良かった、今日渡しに来れて。ありがとうって言えて。 じゃあ、と言って歩き出そうとしたあたしの腕を跡部が掴んだ。 「おい、お前そのためだけに来たのか?」 「え?うん。」 ちょっと予定外のことも起きちゃったけど、とは言わずに置いた。 跡部がいつ気がついたのかは解らないけど、でも多分あたしが侑士と彼女を見たことも勘付いてるのだろう。 もしかしたら修羅場を見越して侑士たちを先に帰したのかも知れない。 だからあたしが他に何も言わないことを不思議に思ったんだろうな。 まして試合が近いんじゃ色々気を遣うのも無理ない、し… 「そうだ!地区予選ていつからなの?明日?」 「あ?何だって?」 「あ、いや、別に妨害しようとかめちゃくちゃにしようなんて思ってないよ。ただちょっと、その…気になって。」 何か言えば言うほど、誤魔化してるっぽく聞こえてしまう気がする。 でもあたしは訊かずにはいられなかった。 真剣な顔で見上げたあたしの頭をバシッと叩いて、跡部が呆れた声を出す。 「てめーが何かしたくらいでどうにかなるわけねーだろ、バーカ。」 「だからしないって…。」 「来月からだ。変なこと気にしてんじゃねーよ。」 「来月…」 GW中じゃなかったんだ…。 心底ホッとして、安堵の溜め息が零れる。 そっか、じゃあまだ結構余裕があるんだ。 もちろん全国大会に続く初戦を前にした大事な時期であることに変わりはないけど、直前ギリギリの緊張感やプレッシャーはまだそれほどないだろう。 体に重く圧し掛かってた罪悪感が、ほんの少しだけ薄れるのを感じていた。 「何だよ。」 「ううん、ちょっとホッとしちゃって。…そっか、頑張ってね。絶対勝つよ!」 「お前に言われるまでもねぇ。俺が負けるわけねぇだろ。」 「うっわ、応援しがいのない奴!」 思いっきり顔を顰めて悪態吐いたあたしを、フンと鼻を鳴らしながらさもバカにしたように見下ろす。 やっぱり跡部は跡部だ。 そのことにガッカリしたような安心したような変な気持ちになりながら、はぁとひとつ溜め息を吐いた。 「じゃあね。あたし帰る。」 「待て、送ってやる。」 「え、いいよ。」 「遠慮するようなタマか。人の親切は素直に受け取れ、バーカ」 言うが早いかあたしの腕を掴んで強引に引っ張っていく。 俺様跡部の突然の言動に面食らいながらも、もつれそうな足を動かしてついて行く。 校門の前に停めてあった見覚えのある黒い車。 運転手さんらしき人がサッとドアを開けると、そこでやっと腕を放して、中に入れというように顎でしゃくる。 ここまで来たらもう選択肢は一つしかなく、あたしは運転手さんに頭を下げて車に乗り込んだ。 うわ、広ッ!! 前に乗った時はそれどころじゃなかったし、頭から跡部のブレザー被ってたのもあってろくに中なんて眺めてなかった。 これがブルジョワクオリティーってヤツなのか。 圧迫感もなければシートもふかふか。足も伸ばせちゃいそう。 思わずキョロキョロと車の中を眺めてしまった。 「おい、詰めろ」 「えっ?あ、はいはい!」 不機嫌そうな声と共に乗り込んできた跡部に、慌てて奥に詰めてスペースを空ける。 いけないいけない、跡部も乗るんだったんだ…って当たり前だけど。 この間は助手席に乗ってくれてたから、つい忘れそうになってしまった。 バタンとドアが閉まって、程なくして車がスルスルと動き出す。 静かにクラシック音楽が流れて、車の中を満たしていく。 …こういう時って、何か話をするべきなんだろうか。 あたしの持ちネタなんて跡部にとっては低俗だろうし、かといって高度な世間話をするほど新聞読んでないし。 突っ込んでテニスの話をしようと思っても…詳しくないし。 「…何で今日突然来たんだ?」 「えっ?ああ」 沈黙を先に破ったのは跡部だった。 一瞬何のことを言われてるのかと思ったけど、すぐにブレザーを渡しに来たことだと思い当たる。 確かに、初めからそれを目的として訪ねたにしてには些か遅い時間だった。 それでなくても、あたしはあんまりテニスコートに行くこともなかったし 休み中はブレザーを着ることもないから、学校が始まってから渡した方が自然だったのだろう。 でも 「身近な優しさにはなかなか気付かないって、ある人に言われてね。そう言えばあたし、ちゃんと跡部にありがとうって言えてなかったなって思い出して。跡部がくれた優しさを思い出して…それを忘れないうちにお礼が言いたかったんだ。」 遅くなっちゃったけどね、って笑ったあたしを跡部はただ黙って見返している。 笑うこともなく、バカにすることもなく、とても真面目な顔をしていた。 その顔を見て、笑っていた顔がクシャリと歪んでしまって俯く。 跡部が次に言おうとしていることが何となく予想出来て、膝の上に置いた手のひらを握り締めた。 「それでテニスコートに来たのか。」 「うん。」 「バカだろ。」 「そうかも」 乾いた笑いが口元から零れ落ちる。 きっと跡部はわかってる。あたしがあんなとこで隠れてた理由も、勝手に行ったくせに勝手に傷付いたことも。 「でも、かえって良かったのかも。あの子が、侑士がホントに探してた誰かだってことがわかって。」 「…………」 「まだ今は…侑士が幸せならあたしも、なんて言えないけど。でも、やっぱり侑士が幸せそうなのがいい。」 あたしに向けられたものではなかったけど、あの満ち足りた顔に涙が出そうになった。 ずっとずっとあの顔が見たかったんだ。 だから、誰かが侑士を幸せにするなら、あたしはそれを遠くで見ているだけでも幸せになれるかもしれない。 そう、思うようにする。 「お前が言った身近なものには気付かねぇ…ってヤツ、当て嵌まってんじゃねぇのか。」 「うん?」 「人のもんはよく見えるんだよ。」 「あ、もしかして慰めてくれてる?あいつだけが男じゃねぇって?あはは!カッコイイね、跡部!!」 「…タコ」 心底呆れたように跡部が溜め息を吐いた。 …ハズレだったのかな。そういう意味だと思ったのに。 それ以上何も言わなくなった横顔をちらりと盗み見る。 何の感情も浮かんでるように見えなくて、近寄り難いほどのオーラを身にまとって前を向いている、いつもの跡部。 でも、さっきまであたしのことを心配してたのか何なのか、とりあえず励ますような会話をしてたのも跡部で。 言葉は素っ気無くて乱暴だったりするけど、この人は結構いい人なんだなと思った。 車が緩やかに道路脇に寄って止まった。 ふと外を見ると見慣れた公園がそこにあって、家のすぐそばに着いたのだとわかった。 鞄を持って、どこに鍵があるのかもよくわからないドアをいじくってたら、外からスッと運転手さんが開けてくれた。 ちょっと恥ずかしくなりながら、頭を下げて降りる。 ドアを閉めて、運転手さんがあたしに会釈をすると運転席に回り込む。 と、後部座席の窓がスルスルと開いて、深々と座り込んだ跡部の顔が僅かに見えた。 「送ってくれてありがとう。あ、あと励ましてくれたのも。」 「バーカ、勘違いしてんじゃねぇ。」 「そうだね。ごめん」 調子に乗り過ぎって怒られるかな。 でも、何となく今日はすごく跡部に励まされて、助けられた気がして。 真っ暗な木陰に埋もれてた心が、一歩外に踏み出せた気がした。 「跡部が見つけてくれて、良かった。」 呟いた声は跡部の耳に届いただろうか。 車はまた滑るように側を離れ、あっという間に遠く消えていった。 「え?練習試合?」 「そう、明日なんだけど。」 結局あれから毎日やって来てはマネージャーの真似事をやって早3日目。 すっかり慣れた手つきでボトルを洗うあたしの横で、マリちゃんがそう言った。 初めてここに来た日に、怪我してると聞いたマネージャーさん。 怪我というのは足の捻挫だったそうだけど、大分良くなって来たとかで今日から復帰してる。 背が高くて体も大きなマリちゃんは見るからにパワフルだけど、性格もすっごく大らかで 今朝紹介された時もニコニコしながら、ちゃんでしょ、聞いてるよ〜!よろしく!と快活に挨拶してくれた。 「あたし、こんな足だからさ、良かったら明日も手伝ってもらえると嬉しいんだけど。」 「あ、いいよ。もちろん。」 「ホント?ありがとう〜ちゃん!!」 そう言いながら嬉しそうにピョンと飛びついてくる。 あたしよりも大きいから、どっちかというとすっぽり包まれるって感じ。 そんなマリちゃんにあたしも自然と笑顔になる。 ホント、人懐こくてストレートで、いい子だなぁ。 「相手はどこの学校なの?」 「えーとね、東京の学校って言ってたな。」 「東京の…」 「ちょっと待ってね。剣太郎ー!」 東京とは思っていなかったので、ドキリとしてしまった。 まさか氷帝…じゃないよね。 手伝うと言い切ってしまった手前、今更やめるとも言えないけど…氷帝だったら気まずいどころの騒ぎじゃない。 佐伯くんにはあたしは氷帝の3年だとは言ったけど、他のみんなには言いそびれてた。 おまけに、ほんのちょっととは言えテニス部と関係があるわけだし ぐるぐると考え出したのに気付く様子もなく、マリちゃんはボトルを拭き続けてる。 と、剣太郎くんが呼ばれたのに気付いてこっちに走ってきた。 「マリさん、何か用?」 「ああ、あのさ、明日の練習試合の相手ってどこだっけ?」 「明日?東京の聖ルドルフ学院だよ。」 「ルドルフ…」 良かった、氷帝じゃなかった。 ホッとして思わず笑ってしまったあたしを、マリちゃんがきょとんと見返してくる。 「ちゃん知ってるの?」 「うん、名前だけね。割と新しい学校だった気がするけど」 「そうですね。でも全国からスポーツ特待生が集められてるとかで、注目されてるんですよ。」 「へぇ、そうなんだ。どこでやるの?」 「うちの学校だよ。」 あたしの質問に答えたのは佐伯くんだった。 ポンポンとラケットの上でボールを玩びながら、剣太郎くんの後ろから顔を出す。 「ああサエ。ちゃん当日手伝いOKしてくれたよ〜!」 「へぇ、嬉しいな。ちゃんが来てくれるなら頑張ろうかな。」 「そうじゃなくても頑張ってよ。」 ちょっと苦笑しながら言い返す。 三日通ってわかったこと。 どうやら佐伯くんはもの凄く人懐こくて、冗談が好きな人みたいだ。 まぁ確かに、初めて会った日をよくよく思い返せばそのまんまだったけど、あの時はどこか底知れない人って印象のが強かったからな。 2日目には自然と名前で呼ばれるようになってて、よく話しかけてくれるし、こんな風に煽ててくれたりもする。 多分、あたしがすごく自分に自信がない奴だって解ってるからなんだろう。 ホントに、さりげない優しさを振ってくれる人だ。 「サエー、あんまり浮気してっとさっちゃんに言っちゃうぞー。」 「それは困るなぁ。内緒にしといてよ。」 遠くからからかうように叫んだバネくんの声を受けて、全く困った様子も見せずに佐伯くんが笑った。 …彼女かな…? それらしき子が観に来たことはないけど、まぁいても当然というルックスだし別に不思議はない。 加えて見知らぬあたしみたいな子にも親切だし、スマイルは0円だし。 これは、ファンが多くて大変なんじゃないのかな。 あたしは侑士が少しでも他の子に笑いかけてただけで、すぐに胸がモヤモヤしてしまうほど心が狭かった。 だけど侑士を束縛する女に思われるのも嫌で、何でもない振りをするのが結構しんどかった。 侑士も大概人当たりが良かったし、佐伯くんの方の事情もあたしと大して変わらないんじゃないかと思うけど こんだけあっけらかんと笑ってのけるんだから、きっと佐伯くんの彼女は気にしない人なんだろう。 すごいなぁ、人気者の彼氏と付き合う極意を教えて欲しい。 ……今更あたしが身につける必要性はないか ちょっと自嘲気味に笑ったあたしを振り返って、佐伯くんが何か勘違いしたのか訝しげに眉を顰めた。 「どうかした?」 「ううん、佐伯くんも大変だね。でもホント親切も程ほどにしとかないと、誤解されちゃうんじゃない。」 「相手がちゃんなら別に大丈夫だよ。」 「ハッキリ言ってくれるなぁ。ま、確かにあたしじゃ誤解のされようもないか。」 実際、付き合ってからも侑士はあたしに女を見ていなかったと思うから。 付き合ってる期間は誰よりも長かった自負はあるけど、二人の関係が遅々として進まなかった自負もある。 いくらあたしでも、これで結構凹んだんだけどなぁ。 あんまりにもあっさり言ってくれるから、何だかもう凹む気にもならない。 それだけ、立ち直れてきているということなんだろうか。 「あぁ、それに明日でGWも終わりだし。内緒にするまでもないんじゃん?」 最後のボトルを洗い終わってニッと笑ってそう言ったら、佐伯くんは一瞬戸惑ったような顔を見せた。 あたしがここに来れるのも、明日で最後。 もちろん寂しい気持ちもあるけれど、一つの区切りを迎えることはやはり大切なことなんだと思う。 いつも以上に身が引き締まって、体に力が湧いてくる気がする。 少しでも何か力になろう、そう思って。 見上げた空は清々しい五月晴れ。少しずつ日が傾き始めた西の空も、とても綺麗に晴れ上がっている。 キュッと蛇口を絞って、手で庇を作ると太陽を仰いで微笑んだ。 明日もきっと晴れだろう。 ← /menu /→ 【反省と言うよりむしろ言い訳】 地区予選、どうやらGW中には始まりそうもないということが解りました。 私が一番ホッとしています(笑)。
2008.04.17
|