花のような笑顔も明るい声も、雪のように儚く消えてしまったけれど


雪のかなたに霞む影は、いつまでも優しく心に染みている


 

 

名残雪

 

 

「わー!一面真っ白!」
「ラスティ、あんまはしゃぐとコケるぜ。」
「寒い…。」
「イザーク、ディアッカ!後ろ見ろよ!俺たちの足跡だけだぜ!!」
「こんな朝早くにこんな寒いところへ来たがるバカはお前くらいだからな。」
「ちぇっ、口へらねーの。一番乗りだぜー?もっと喜べよ!」




口を尖らせたラスティが真っ白な野原の真ん中に走っていく。
両手を広げてくるくる回り、足元の雪を掬い上げて高く投げ上げる。
空ではじけた雪が粉になってはらはら頼りなく舞い降りて
雪原で明るい光を放つオレンジの髪を白く染めていく。




「コートも白いから、まるで雪に溶けちゃいそうですね。」
「本当にあいつは子供なんだな。」




遅れてやって来たニコルとアスランが笑った。
そう言う二人も一面の雪景色に心が弾んでいるようで、ニコルが雪だるまを作ろうと言い出した。
アスランが笑って賛同し、二人は宿舎近くの石段に並んで座ると、雪をくるくる丸めはじめた。
どいつもこいつも…この寒いのに何を考えているんだ。
心の中で舌打ちをしながら、手袋をはめた両手を擦り合わせる。
マフラーに首を埋めてぼんやり見ていた俺とディアッカの目の前で、突然白いかたまりが弾けた。




「うわっ、冷てっ!!」
「うぷっ…ラスティ!!お前何…!」
「いつまでもぼんやりしてんじゃねーよっ!」




高い笑い声とからかうような声に、思わず足元の雪を掴んで投げつける。
それを余裕でかわしたラスティは素早く雪を丸めて応戦してくる。
身を屈めて避けると、後ろにいたディアッカに命中した。
それに本気になったディアッカが雪玉を作って走り出した。
混ざる気などなかったのに、襲ってくる雪玉を避け、応戦をしているうちに俺も走り出していた。




「おりゃっ!!」
「おっと、ディアッカあっまーい!」
「どぅわっ!!カーブ投げんじゃねぇ!」
「ラスティそこを動くんじゃないぞ!」
「そう言われて動かない奴がいるかっての!」
「あっ!!」




べしょ…




俺の投げた雪玉は避けたラスティを掠めて、すぐ側にいたニコルとアスランの雪だるまに当たった。
手のひらに乗るくらいの雪だるまは無惨な音を立てて崩れ去った。
二人はただの雪山になってしまったそれをしばらく呆然と眺めていた。




「あ…あの…ニコル?」
「あーアスランも…悪ぃ」
「あーなーたーたーち!!」




ニコルがものすごい剣幕で俺たちを睨んだ。
手元の雪を手当たり次第掴んで投げつけるので慌てて逃げ出した。
それを追いかけるようにアスランとニコルも雪合戦に参戦して来た。
雪玉をつくりながら走って追いかけては投げ合う。
サラサラの新雪の表面にいくつも不規則な足跡がついていく。
ときどき足を取られそうになりながら、誰に向かってかわからない雪玉を投げつけた。
自然と笑みがこぼれてくるのがわかる。
息が上がって、肌を切る寒さも気にならない。
ディアッカが投げた大きな雪玉がラスティの頭に当たって、怒ったラスティがさらにでかい玉を作って投げた。




「うわっ!」




避けそこなったディアッカが雪玉を顔面に受けて、そのまま後ろにひっくり返った。
起き上がったその顔も、頭もコートもみんな雪にまみれていて
思わず全員が顔を見合わせて大笑いした。
本当に、こんなことにムキになってバカバカしい。
でも、体もそして心も何故だか温かかった。














「なぁ、知ってる?雪ってさ、空からの手紙なんだって。」




ひとしきり笑い転げた後、並んで座って熱いコーヒーを啜りながら、ラスティがポツリとそう言った。
うっすらとかいた汗が引き始めるなか、指先と体の中心からじんわりコーヒーの熱が伝わって心地良い。
少し肌に冷たい風が吹いてきて、空には暗く重い雲が立ちこめ始めていた。




「何だそりゃ。」
「だから、雪は空から送られてきた手紙なんだよ。」
「何をわけのわからないことを」
「だってそう聞いたんだよ、うちのばーちゃんにさ。」
「手紙ねぇ」




ディアッカがまだ頭に残っていた雪を払いながら呟く。
雪は水蒸気が空中で昇華して結晶になったものだと言うことぐらい誰だって知ってる。
文字を書く場所なんてあるはずもない。第一誰が書くというんだ。
相変わらず非常識めいたことを言うラスティに溜息をつくと、ラスティが不満気な顔をして俺を睨んだ。




「どうせ雪は水蒸気の結晶だとかなんとか考えてんだろ。」
「それが常識だ」
「夢がないね、お前らって。」
「おいおい、イザークと一緒にすんなよ。」
「煩い。俺は朝から夢を見るほどおめでたくない。」




ラスティがやれやれと言ったふうに肩をすくめてコーヒーを啜る。
このどこか呆れたような、子供を見るような仕種が妙に癇に障る。
俺から見ればお前の方がよっぽど子供だ。
睨み返した俺の視線を気に留める様子もなく、ラスティがまたポツリと話し始める。




「でもさ、雪って冷たいんだけど雨と違って何か優しいと思わない?どこか温かみもあるっていうかさ。」
「あー、それはあるかもなぁ。」
「だろ?感覚的なもんだけどさ、何でだろうって、俺ずっと思ってたんだよね。だからばーちゃんがこの話してくれたとき、なるほどって思ったわけ。」
「あん?」
「誰かが誰かに宛てた手紙だから、こんなに身に染みて温かいんだなって。」




そう言って空を見上げたラスティに答えるように、重い雲から雪が降りてきた。
向こうから、もう一度雪だるまを作り直したアスランとニコルが帰ってくる。
ニコルが俺の顔を見て、花のように笑った。




















ザリザリと靴と砂が擦れる微かな音を耳にしながら、静まり返った砂浜を歩く。
一歩踏み出すたびに少しだけ靴が沈んで、まっさらな浜辺に点々と足跡が残る。
暗澹と立ちこめる重い色の雲を見上げて、今朝見た夢を思い出していた。
あの日とさほど変わらない空。でも、あの時一緒だったアイツらはもういない。
一人は深い宇宙の闇が、一人はこの海が、攫っていってしまった。




「…ここにいたのか」
「……ああ。」




砂を踏む音とともに、後ろからディアッカの声がかかった。
声のした方を振り返ることなく、小さく答えた。
目の前に広がる暗い色をした海が、殺風景なその景色を一層陰惨なものにする。
海の底からあの日の光景が浮かび上がってくる気がして、少し顔を顰めた。


自分から望んでここへ来たいと思ったことはなかった。
俺にとってはむしろ忘れたいくらい、苦々しい場所。
だがあの戦争が終わって、ごたごたがようやく収まりかけて。
自分にも時間をとって、自分の心に少し整理をつけるようになった。
そうして、まだなおも燻り続ける埋み火はあるけれど、やっとここへ来る気になれた。




手に提げたままだった花を、浜辺に横たえる。
静かに吹く風が柔らかく撫でる砂浜に、ミモザの花がさらりと散った。
網膜に、ミモザを抱えて笑顔を湛えた奴の顔が甦る。
コンサートの途中で俺が寝たと口を尖らせて、そっぽを向いて拗ねた。
それでいてミモザの花束を見た途端その顔が柔らかく崩れて…本当に嬉しそうに笑った。
あれはほんの一年ほど前のことなのに、もうずいぶん昔のように感じた。


全てが終わったわけじゃない。明日にはプラントへ帰らなくてはいけない。
俺たちがここに長くいることは出来ない。…まだ緊張は続いてる。
でもいつか、本当に終わりが来たら、もっと近くに来ることが出来るかもしれない。
それまで、貴様は待つことが出来るか…?




「あ…?イザーク…見ろよ」




幻でも見たかのようなディアッカの声に振り返ると、空を見上げていた。
つられて見上げた空から、小さな白い粒が舞い降りてきた。
久しく見ていない雪に思わず目を細める。
遠い昔、雪原を走り回った日の空が重なって、妙に懐かしい気さえ覚えた。
雪の季節は終わっていた筈だったが…




「…まるで俺らが帰るのがわかって、別れを言ってるようだな。」
「何…?」
「それとも惜しんでんのかな。覚えてねぇ?昔ラスティが雪は手紙だって言ってたヤツ。」
「あぁ…覚えている。」
「…ラスティが言ってたの、なんか今わかる気がするわ、俺。」




どこか愛おしむような瞳でディアッカは雪を見ていた。
浜辺に落ちた雪は吸い込まれるように消えて、そこだけ僅かに砂の色が濃くなった。
俺の髪にも、肩にも、音を立てずに降り注いでは淡く消えていく。
プラントでは決して見ることのない雪。
もうきっとしばらくは触れることが出来ない、雪。
シン…とした空気に包まれていく気分だった。
濃い、でも決して嫌な重さじゃない空気が、ふわりと体を覆う。





―イザークの髪って、雪色なんだね。




髪を撫でるように滑ってはらはら零れていく。
耳を掠めて雪が落ちる。




―そんな顔してると、生涯疫病神に取り憑かれるよ?




「…うるさい。」




プラントに雪が降らないのは良いことだと思っていた。
でも今はわからない。
雪が降るたびに息が詰まるような、胸が痛むような思いをすることもない。
幸せな過去の中に、帰らないあいつらを思い出すこともない。
けれど、もし雪が本当に空からの手紙だとしたら
その思いを受け取ることも出来はしない。




―泣かないでください




「泣いてなどいない…!」




胸の奥から何かがせり上がってきて、息をするのも苦しい。
浅く速くついた息が白くけむって空気に溶ける。
凍りつくような寒さに、でも目頭だけは焼けるように熱くて、身を震わせる。
細かい粉雪が目に染みて、その白さが痛くて、思わず目を閉じた。
閉じたまぶたに柔らかく雪粒が落ちて。




―目を閉じて、みっつ数えて…




唇にほのかに温かな雪が舞い降りた。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】


ニコルを思うイザークさんは、これくらいでも良いと思うのですがどうでしょう。
これ一本だけでも読めますが、「Impulse」を意識してますので、合わせて読んで頂ければ嬉しいですvv




2005.02.25