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側にいることが当たり前のようになって
息をするより自然にあなたを思うようになると
もうひとつ、先に進みたくなる
Impulse
「まだ終わらんのか。」
「すいません、あとちょっと。」
「まったく貴様は何から何までトロイんだな!」
イザークがフンっと息巻きながら毒づく。
僕の斜め後ろで、わざと大きな音を立てて椅子にドカッと座った。
長い足を持て余し気に組んで、バサッと髪をかきあげる。
サラサラの銀髪が大きく跳ねて、流れるように戻ってくる。
ディスプレイに打ち出されるプログラムを見つめたまま、意識はもう後ろに囚われっぱなしで
タイピングする指は、明らかに速度を落としていた。
溜息が、零れる。
「先に行ってくださっても構いませんよ。夕食、遅くなってしまいますから。」
「貴様のおかげで、今からでももう十分遅い。」
「…すみません。あの…どうぞ行ってください。」
と、いきなりスパーンと頭をはたかれた。
驚いて後ろを振り返ると、不満気な顔をしたイザークが仁王立ちで立っていた。
…僕、叩かれるようなことを言った覚えはないんですけど…。
叩かれた頭を押さえて、怪訝な顔で見上げていると、またイザークの眉間の皺が濃くなった。
「あ、あの…イザーク?」
「バカか貴様は。」
「はぁ…?」
「今からじゃ少しくらい早くても遅くても大して変わらないだろうが!」
「え…と?」
「いいからさっさと終わらせろ!」
イザークはまたフンッ!とか言って椅子に座りなおした。
手近にある雑誌を取って、パラパラとページを捲っている。
…それは、待っていてくれるってことなんですよね?
もっとわかりやすく言ってくれれば良いのに、ホントに難しい人だ。
素直じゃないけどその心遣いが嬉しくて、またキーボードを打つ指は軽快なリズムを取り戻した。
食堂に行くと、もうみんな食事を終えて出て行った後でガランとしていた。
カウンターに二人分だけトレーが残っていて、その上に小さく『おつかれさま』のメモ。
見慣れたちょっと右上がりの字が、明るい笑顔を呼び起こす。
それだけで疲れが吹き飛んでしまいそうだ。
お茶を入れて、向かい合って席に着く。
いつもは騒がしい食堂がやけに静かで、椅子を引く音さえ大きく響いた。
パチンと手を合わせて、小さいお祈りをして。
今日もおいしいご飯をありがとうございます。
「頂きます。」
「フン」
「ダメですよ、ちゃんと『頂きます』しないと。あ、ロールキャベツなんですね今日は。」
「ああ、トマトソースだな。」
「アスランが好きなんですよね。」
「知るか。」
アスランの名前で明らかに不満そうな顔をしたイザーク。
仇敵のごとく、ロールキャベツにフォークをグサグサと突き立てる。
…どうしてこんなに仲が悪いんでしょうね。
「食べ物に罪はありませんよ」
「煩い」
「そんなに慌てて食べると胃に悪いですよ。」
「貴様がトロ過ぎるんだ!」
僕の顔を見上げながら、パクパクとロールキャベツを頬張る。
よっぽどお腹が空いていたみたいだ。
ちょっと悪いことしてしまいましたね。
これからはもう少し早く終わるようにしないと……
………あれ?
「イザーク…ここ、トマトソースついてますよ。」
「何!?どこだっ?」
僕の言葉に、弾かれたように顔を上げて
イザークがペーパーナプキンを探してあたふたする。
ソースを付けた姿も、こんなふうに慌てた姿も初めて見ることで、
普段スキのないイザークが、ときどきこんな風に思いもかけない姿をみせると
…妙に嬉しくなってしまうのはどうしてだろう。
思わず笑いがこみ上げてくる。
「貴様!何を笑ってる!」
「ごめんなさい、でも何だか…イザーク可愛いですね。」
「何だと!?」
「ほら、ここですよ。」
手を伸ばして、右の口の端に付いたソースを掬い取った。
人差し指と中指の先が、赤く染まる。
一瞬それを見つめて、自分の口もとに寄せてきれいに舐めた。
濃厚なトマトソースの味が口いっぱいに広がる。
僕のと同じ味のはずなのに、微かに甘い気がした。
チュッと音を立てて指を口から離すと、テーブルの向こう、イザークが真っ赤になって固まっていた。
目が合うと、ハッとしたように瞬きをして、わなわなと震える。
眉がくっきりと怒りの形につり上がった。
「きっ…きっ貴様何を…!!」
「きれいに取れましたよ。」
「そういう問題じゃない!貴様よくも…あんな」
「…欲情しましたか?」
「するか!!」
「そうですか?僕は、しましたけど。」
「……っ!?」
「イザークが食事してる姿って、色っぽいですから。」
サラッと言うと、イザークがこれ以上ないくらい真っ赤になって口をパクパクさせている。
誰もいない食堂の、いつもとは違う異質な雰囲気に飲まれて。
いつもなら言えそうになかったことが、言えそうな気がする。
そっと立ち上がって、ゆっくり歩いてイザークの側に立つ。
イザークが、座ったまま少しだけズリッと身じろいだ。
テーブルに手をついて少しだけ身を屈めて、銀髪のかかる耳にそっと伺いを立てた。
「キスしても、いいですか?」
「訊くなそんなこと!」
真っ赤な顔をして突っ張るイザークが可愛くてたまらなかった。
膝を折って、イザークと同じ位置で顔を向き合わせる。
見つめることは慣れた筈なのに、こんなにキョリが近いとまた鼓動が早くなる。
睫毛が微かに震えてることまでが、ハッキリと見える。
テーブルについた右手に力が入って、指先が白くなる。
こんなにも泣きたくなる気持ちは、どこから来るんだろう。
ゆっくり近づいた顔が、僅かにお互いの息を感じ合って
睫毛を閉じた
刹那
殺気を感じた。
目を開けた瞬間、目に映ったのは鬼気迫るイザークの血走った目。
ゴ チ ー ン ! !
…倒れなかっただけ奇跡です。
「何するんですか!あなたは!!一瞬ヒヨコが見えたじゃないですか!」
「貴様がトロイから悪い!!」
「そんな勢いでブチュッとするもんじゃないでしょうが!」
「擬音語をつけるな馬鹿!恥を知れ!」
「じゃあ、イザークからしてくださいよ!」
「何…?」
「イザークが、ご自分の間で僕にキスしてください」
ギュッと目を瞑って、顔をイザークのほうに突き出す。
ぶつかったおでこがズキズキ痛くて、ちょっとしかめ顔になる。
信じられないですよ、いきなり頭突きしてくるなんて。
それは、恥ずかしがりなのは百も承知ですけどいくらなんでも酷い。
一体イザークはキスを何だと……
あれ?
僕も、今…
「イザークちょっと待ってください!」
「!!!!」
勢い込んで目を開けると目の前5センチのところにイザークの顔が
首の付け根まで真っ赤に…なっていって…
「目を開けるなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
つんざくような絶叫が耳を貫通して部屋にこだました。
イザークは僕を突き飛ばして、椅子をなぎ倒しながら転がるように食堂から出て行ってしまった。
……また、怒らせてしまいました。
食堂を後にして部屋に戻ると、とっておきの紅茶の缶を開けた。
濃い目に淹れた紅茶にめいっぱいミルクを注いで、ミルクティをつくる。
独特の香りが湯気とともに部屋に満ちていって、昂った気持ちが治まっていく。
椅子に深く腰掛けて、ふうぅぅっと長く息を吐き出す。
明日、イザークに謝らないと……。
と、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
立ち上がりかけた時シュッと扉が開いて、サラサラ流れる銀髪が目に映った。
「イザーク…」
ドアがぷしゅうっと閉まる。
イザークは気まずそうな顔をしながら近づいてくる。
僕も、どういう顔をしていいかわからなくてすごく微妙な顔になっていたと思う。
今日は、もう会ってくれないと思っていたから。
僕の側のテーブルに手をついて、イザークが目を逸らしがちに口を開いた。
「さっきは…悪かったな。」
「…いいんです。僕も悪かったですし。」
「……」
「わざわざ来てくれてありがとうございます。お茶、どうですか?」
「…いらん。」
「そうですか?今日のは特別なんですけど」
味見だけでも、と思ってカップを取ろうと、踵を返した僕の袖が引かれる。
首を回して見ると、唇を噛み締めて赤い顔をしたイザークが僕を睨んで見下ろしてる。
袖を掴む指に力が入って、痛いくらいに。
そっと、その指に手を重ねた。
「いいんです。僕、もう焦りませんから。」
「嘘をつけ。」
「本当ですよ。…ホントにイザークと気持ちが寄り添った時に、自然に出来ると思ってますから。」
「…腰抜けが」
「……難しい人ですね、ホントに。」
思わず苦笑してしまう。
イザークが不満そうな顔をしたけど、手を伸ばして髪を掬うと、一瞬驚いて無防備な表情をして。
にっこり笑って見せたら目を逸らす。
不器用で遠回りで照れ屋で。
本当に、可愛いと思う。
「目を閉じて、みっつ、数えてくださいね。」
手のひらで頬を包み込んで笑いかける。
長い睫毛がゆっくりとブルーグレーの瞳を覆い隠して
ひとつ
ふたつ
みっつ……
睫毛が震えて息が触れ合う。
誰かの息づかいをこんなに心地良く感じたことはない。
顔を離して目を開けると、目の前でゆっくりと、潤んだ瞳が開く。
照れたような嬉しそうな赤い顔が可愛い。
まだどこか夢を見てるように焦点のぼやけた瞳が、それでも強い光を宿して僕の瞳に強請る。
いつもと違う甘さを宿して僕を魅惑する。
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