誰もが弱くて、最後の決断に迷ってる


 

 


笑顔一粒...08

 

 

「…あなたがいらっしゃるとは思いませんでした。」




目の前で戸惑ったようにニコルが笑った。
俺も、戸惑いがちに笑顔を向ける。
事実、ここに来ることにはかなり迷いがあったから。
でもさっきミゲルがニコルの部屋から出て行くのを見て、多分ここで間違っていないと思った。
テーブルの上にはふたつのカップと飲みかけの紅茶。
かすかに残るミゲルの香り。
ニコルは千客万来です、なんて笑いながら、テーブルの上のカップを片付けて、新しいカップに紅茶を注いで戻ってきた。
俺に椅子を勧めて自分もポスッと腰掛ける。




「どうぞ。」
「ありがとう。」




椅子に座ってニコルの淹れた紅茶を一口、二口飲む。
ハーブティらしく、飲み下した後に清涼感が残る。
紅茶には詳しくないが、とても良い香りがして落ち着く。
息をひとつ大きくついた。




「どうかしましたか?」
「さっき、ここにミゲルが来ていただろう。」
「…ええ、いらしてましたよ。」




一瞬間をおいてニコルが微笑みながらそう言った。
頭の良い彼のこと、多分もう俺がどうしてここに来たのかその理由を悟ったことだろう。
いや、もしかしたら俺が来た時から既に、解っていたかも知れない。
瞳に優しい色を湛えて、ニコルはゆっくり紅茶を啜った。




「多分、ここに来て尋ねることは間違ってないと思う。」
「…そうですね。多分、あなたが欲しい答えは差し上げられると思います。」
「そうか…。やっぱり、そうなんだな。」
「アスラン?」




ニコルが首をかしげる。
でも、今の答えだけで十分だった。
ミゲルが何を話したのかは想像に難くない。
そしてそのやってきた場所がここで、俺の予想が間違っていなかった。
それなら、今俺がすべきこと、行くべきところは他にある。
カップに残った紅茶を飲み干すと立ち上がった。




「ありがとう、ニコル。紅茶美味かった。」
「…いいえ。あなたはやっぱり大人ですね。」
「その言葉、そっくりお前に返すよ。」




歩き出す俺にニコルが笑って立ち上がる。
戸口まで見送ってくれたニコルに軽く手を振って、ニコルの部屋を後にした。










通路をしばらく歩いて、見慣れた部屋の前まで来る。
部屋のドアの横にあるブザーを鳴らすとすぐにミゲルが出てきた。
俺の顔を見て一瞬慌てたように身じろいだ。
バツの悪そうな瞳と何か言いたげな唇。
少しおかしくなって思わず小さく笑った。




「入っても構わないか。」
「あ、ああ。」




ハッと我に返ったように身を引いて、俺を中に招き入れる。
落ち着かない様子でコーヒーを淹れようとするその手を制した。




「アスラン?」
「いいよ。そんなに…長くならないと思うから。」




その一言でミゲルも何か悟ったのだろう。
ゆっくり椅子に腰掛けて、俺に空いている椅子を勧めた。
やや俯きがちな瞳に迷いの色が浮かぶ。
俺も今、きっと似たような目をしているのだろう。


俺が三日間の休暇を取って帰って来た日。
あの日からミゲルはこんな瞳を見せるようになって。
俺もいつしかその意味を感じ初めていた。
いつまでもこのままじゃいられないことは解っていたのに
あと一歩がどうしても踏み切れなかった。
俺は知らないフリをして、笑って、そうしていることが一番楽だった。
居心地の良い場所を手放したくなくて、このままでも構わないと思ってた。
…あの笑顔を見るまでは。
おもむろに俺は口を開いた。




「ただの友達に戻ろう。」




ミゲルが弾かれたように顔を上げた。
傷ついたような、申し訳ないような、そんな色でいっぱいの瞳で俺を見上げる。
ずっと側で見てきた瞳。
俺だけに差し伸べられた腕。
いつだって知らず知らずのうちに俺を救ってくれていた。
でも、今それを必要としてるのは俺じゃない。
もう俺じゃない。




「アスラン、さっきは」
「そうじゃない。気づいてるんだろ、お前だって。」
「アスラン?」
「あんなお人好し、放っとけないよな」




ミゲルの目が大きく見開かれた。
当惑したように目を逸らす。
俺に顔を向けて何か言いかけて、唇を噛み締めて下を向いた。
俺は手を掛けたままだった椅子にゆっくり座ると、もうほとんど頭しか見えないミゲルに向かって、口を開いた。




「…俺は、お前が俺を気にかけていてくれて、ずっと嬉しかった。」




ミゲルは何も答えない。
でも、構わず続けた。
聞いてもらいたいと言うよりも、話さなければならない気持ちの方が勝っていた。




「話したことなかったけど、お前が俺に声を掛けたあの頃、俺は大切な幼馴染の居場所がわからなくなって、連絡もつかなくて、ずっと滅入ってたんだ。悪い方向に考えてばかりいた。」




「楽しいこととか、嬉しいこととか、全部そいつに教えてもらったから、いなくなって一緒に自分まで消えて行きそうで怖かった。誰にも必要とされず、誰も必要としなくなっていくことが嫌だった。」




「だからお前がいて、俺を好きだってそう言うことが嬉しかった。」




「本当は…ラスティがずっとお前を好きなのも、俺が休暇から戻って以来お前の様子が変なのも、全部知ってた。知っていて、知らないフリをし続けていたんだ。」




ミゲルにと言うよりも、むしろ自分の心への懺悔のように。
一言一言を刻みつけていく。




「お前が俺のことを好きじゃなくなったら、また俺は一人になる気がして、他の誰を犠牲にしてもこの場所だけは守りたかった。」




「でも」




「でも、俺は近すぎて気づいてないだけだったんだ。一番最初に俺の側にいてくれたのはラスティだったってことに。」




ミゲルが顔を上げた。
瞳に映りこんだ俺の顔は、きっと穏やかに笑っていると思う。
今やっと、本当に笑えてる気がする。




「俺はもともと一人なんかじゃなかったんだよ。」




そんな当たり前のことに気づくのにずいぶん遠回りをしてしまった。
ずっと目の前の現実に縛られてばかりで、周りなんか全然見えていなかったんだ。
どんなに自分が人に支えられてここまで来たかということに。
あの笑顔に、何度も救われていたことに。




「……アスラン、でも俺はそういうつもりじゃ」
「ああ、わかってる。別にお前にラスティを好きになれとかそう言うつもりじゃない。お前の心も、あいつの心も自由だから。」
「それに…俺は今でもお前が好きだ。」
「俺もお前が好きだよ。でもきっと、そういうのとは違う。友達として、仲間として好きだ。」
「アスラン。」
「お前の気持ちがどうかは俺にはわからない。でも、俺たちの間では、お互いがどうしても必要な時期は、たぶん終わったんだよ。」




どうしようもなく寂しくて、一人でいることが怖くて、他に何も見えなくて
ただ誰かの熱だけを感じて安心を得たいと、そう思っているだけの子供じゃない。
不安の数ばかり数えて怯えて、慰め合うだけじゃない。
本当に側にいることの意味がわかってきたから
俺はお前の隣から離れるよ。




「でも、お前の側にいて本当に良かった。」
「アスラン」
「これだけは変わらずそう言えるよ。」




ミゲルが俺を想っていてくれたことで、確かに俺は救われたから。
今こうして立っていられる。
それは間違いなく、ミゲルのおかげだ。




「ありがとう。」




ミゲルを思う気持ちは決して嘘じゃなかった。
一人で立ち上がる力を、誰かのことを思いやる気持ちを貰った。
だから、もうこの手を離しても辛くない。




「…俺も、お前の側にいられて良かったよ。」




ミゲルが俺の目を真っ直ぐ見つめ返してそう言った。
久しぶりに見る、強い意志を宿した瞳。
やっとミゲルが帰ってきた気がした。
やっとあるべき道に帰れた気がした。




「仲間として、これからもよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします先輩。」
「先輩は止せっつってんだろ!」




ミゲルがふざけたように手を振り上げて、二人で笑った。
こんな感じがどこか懐かしい気さえする。
長い道を歩いて、やっと俺たちはあるべき形に収まったようだ。




『ミゲルにはアスランがいないとダメなんだよ。』


じゃあお前の側には誰がいてやるんだよ。
あんなに明るい顔で笑って、強がって見せて
本当は人一倍寂しがりなクセに、肝心なところで人に譲ってばっかりだ。
いつも理不尽なくらい手がかかって我侭なのに、どうしてそういう所だけは我侭になれないんだ。
でも、だからお前が好きだよ。
アイツにそっくりでとても愛しい。
いつまでも、ひたすら前を向いて歩いていって欲しい。




「ミゲル、ラスティだけど」
「ラスティには、俺がちゃんと決着をつけるから。」
「そうだな…。」
「今度こそ、きちんと終わらせる。」




その言葉の意味は知らない。
ミゲルの心はわからない。
でも、きっとこの瞳はお前を映すようになるよ。
そう願う。




ラスティ
今、お前にこの手を渡そう。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



デスティニーを観て、アスランの株が急上昇中。




2004.11.22