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不意に心に滑り込んできた花と
ずっと大切に思ってきた花
長い蔓を伸ばして俺を捉えて離さない一粒の、種
笑顔一粒...06
ギシギシと椅子の背もたれを軋ませながら伸びをする。
時計の針が進む音がやけに耳につく。
目の前のディスプレイには、たった2・3行しか打ち出されていない不規則な文字列。
データ整理もプログラム構築も全然頭に入ってこない。
…仕事に私情を挟むなんて、軍人失格だ。
でも、頭から離れない
キーボードを打つ手を止めて、手のひらを広げて見つめる。
…この手に無意識に掴んだ、オレンジ色の髪。
指の間からすべり落ちたその髪のように、ラスティももう、俺のことなんて…
なんとも思っていやしないんだろうと思う。
どうしてそれがこんなに苦しい?
「まだ終わらないのか?」
不意にかけられた声に、心臓がひっくり返るほど驚いた。
勢い込んで振り返ると、やはり驚いた顔のアスランが立っていた。
一瞬止まった息が、膨らんだ肺から細く吐き出される。
その声が誰のものかなんて痛いほどよく知ってたのに、一瞬違う相手を思い浮かべた。
どうかしてる、でも、いつもこうやって唐突に声をかけてきたのは…
…違う、違う今はそんなことはどうだって良いんだ。
絡まった思いを振り払うように頭を振って、改めてアスランに向き直った。
なんとか笑顔を作れた気がする。
アスランが怪訝そうな顔をしつつも、戸惑いがちに近寄ってきた。
「悪い。邪魔だった、か…?」
「いや…ちょっとボーっとしてたから驚いただけだ。」
「そっか…」
会話が途切れると、お互いぎこちなく目を逸らしがちに押し黙る。
もともと俺たちはそんなに話す方ではなかったけど、今日はやけに沈黙が重い。
…いったい俺はどうしたっていうんだ。
俺が好きなのはアスランじゃなかったのか。
だからラスティを切り捨てようとしたんだろ
どうしてこんなにアスランと一緒で苦しいんだよ?
「ラスティが…」
「っ…!?」
「ラスティから、お前が俺がいないときに怪我したって聞いたんだけど」
「あ、あぁまあ…な、大した事ないんだけどよ。」
「それなら良いんだが。…注意力散漫だからな、お前は。」
「おい、一応俺は先輩なんだが。」
「全然先輩らしくないじゃないか。」
ふっと、アスランが笑いながら言った。
そう言えば、アスランの笑った顔を見るのはどれくらい振りだろう。
まだ、俺にこうして笑ってくれることが妙に嬉しくて、俺を安心させた。
安堵すると同時に、それまで変に気を回させていたのだと反省する。
立ち上がって、少し低いアスランの目線に絡めるように顔を覗きこむ。
驚いたような表情を見せたが、頬に手を添えて右手で髪を梳くと、顔を柔らかくくずす。
この安心したような瞳が好きだ。
俺に心を開いてくれているのだとそう思える。
自然と、俺の顔にも笑みが浮かぶ。
まだ戻れると思った。
ただアスランだけを見てアスランだけを思っていた頃に。
今も、胸の奥からこみ上げる愛しさは変わらない。
俺たちの間で失われたものなんて何もない。
何かに引かれるようにアスランの顔を両手で掬い上げる。
視線が合って、アスランの瞳が戸惑いがちに揺れるのが見えた。
…可愛い、可愛くて堪らない
翡翠のように輝く瞳がゆっくり長い睫毛に覆われていく。
髪が触れ合う距離まで顔を寄せて、俺もゆっくり瞳を閉じた。
ガタン…ッ!!
お互いの息がかかる距離のところで耳に聞こえた物音に、思わず振り返った。
戸口に一瞬見えた髪の残像が目に焼きつく。
ほんの一瞬、でも俺が間違えるはずがない。
ラスティ…!
弾かれたようにアスランを引き離して追いかけたのは反射的だった。
ドアを半ば押し開けるように開いて身を廊下へ滑り出し、明るいオレンジの髪が消えた左の方向へ走る。
ひとつめの角で迷わず右に走りこむと、次の角にラスティが消えかけるのが目に映った。
不規則に廊下に高く鳴る、二つのブーツの音
伸ばした手の先に、あの日のように腕が滑り込んだ。
右腕を掴まれた勢いで体が大きく後ろに引き戻されたラスティが、大きな目を限界点まで開いて俺を振り返った。
驚きと戸惑いに瞳が揺れる。
俺も、きっと同じような眼をしている。
いつまでも続くかと思った無言の時間は、実際は一息つくくらいの間のことで、すぐに目に力を戻したラスティが俺を睨み上げる。
「…何してんだよミゲル…!」
「あ?」
「何で俺を追いかけて来てんだよ!アスランは!?一緒にいたのアスランなんだろ!?」
「そうだけど」
「じゃあ追いかけてなんか来んなよ!」
「お前が…逃げたから」
「人のラブシーン見たら誰だって普通は気まずくて立ち去るだろ!!」
人のラブシーン見たら誰だって普通は…?
つまり、それはお前はもう
「早く戻ってやれよ。アスランが可哀想だよ。」
そんな風にしか俺を見ていない。
アスランのところに戻れと、なんでもないように言うラスティ。
まるでそれが当たり前のように言うラスティ。
やっぱりお前は俺のことなんてもうどうでも良くなったのか。
その心に思うのは、もう俺じゃないってことなのか。
そう思えば思うほど苦しくて、あの日のぶつけるようなラスティの気持ちが嘘のように思えて
どうして俺が悩んでるんだよ。
俺がお前を好きなんじゃなくて、お前が俺を好きだったのに。
何かがおかしい。お前も、俺も、みんなみんな。
…この胸を支配する思いは何だ。
今お前の心を支配する思いは何だ。
「…お前はそれでいいのか?」
「俺に、それを聞くの?」
明らかに変わった声色にハッとしてラスティの顔を見た。
俺の方を睨んだ双眸から、青い炎が見えるようだった。
「ミゲルが好きなのはアスランで俺じゃない。ミゲルの側にいて良いのはアスランで、俺じゃない。」
「ラス…」
「二人の間を引っ掻き回す資格なんてどこにもない、そう言わせたいの?」
「ラスティ!」
「そんなことわかってるよ。だから言ってるんだよ…早く戻れ。」
「違…」
「頼むから戻ってよ…!」
「ラスティ、そうじゃない、俺は」
「これ以上俺に何を言わせたいんだよ…?自分で決められない気持ちを俺に決めさせんなよ!」
「ラス…」
「ずるいよミゲルは…っ」
心臓のど真ん中を打ち抜かれたような衝撃を受けた。
悲痛な声がガンガンと頭に響き渡る。
ラスティの顔が苦痛に歪んで眉をひそめた額にくっきりと皺が寄る。
顔を背けると、首の筋がまっすぐ浮き上がって短くなった髪からうなじが覗く。
掴んだままの腕を放そうとしない俺に、ラスティの右腕が乱暴に振られる。
その感覚に引き戻されるように目の前のラスティの横顔を見た。
今にも泣きそうに、唇を固く噛み締めて震わせている。
「違うよね…ゴメン、俺があてつけみたいに髪なんか切ったから悪いんだ。だから変に迷わせてるんだよね。ミゲルは何も罪悪感とか感じる必要なんてないから。」
「ラスティ」
「そんなに俺に優しくなくていいよ。俺は一人でも大丈夫だから、心配要らない。」
「ラスティ、違うから」
「もうこれ以上ミゲルたちの間をかき回すようなことしないから!安心していいから。だから」
「お願いだから……っ…まだ好きでいたい…」
青い瞳から涙が一粒、零れ落ちた。
力を失った腕からラスティがすり抜けて、逃げるように走って遠ざかる。
耳に雨音が聞こえるようだった。
あの日のぶつけられた思いがもう一度俺に帰ってくる。
格納庫での消え入りそうな声が甦る。
この手に掴んだぬくもりとともに、さっきの言葉とリンクする。
また俺は逃げるようなことばかり繰り返して、アイツを傷つけてしまった。
もう二度と戻りそうもないほど遠くに追いやってしまった。
心に絡まった蔓が胸をキリキリと締め上げる。
もう遅い。遅い。遅い。
そう言って俺を責める。
罪悪感を振り切るつもりで選んだ選択が、重い足枷となって俺を苦しめる。
これは罰だ。
自分のことばかり考えて、自分の都合のいいようにラスティを扱った、俺への。
あの日、アスランが好きだと言いながら引き寄せてしまった唇の感触。
今も、忘れることが出来ない。
怖かった。何かを失ってしまうのが。
何かを選んで何かが壊れてしまうのが怖かった。
でもそうやって逃げてばかりいた俺が結局全て失ってしまった。
「…呆れて物も言えないんですけどね。」
「どうもすみません。」
「だいたい僕のところに相談に来ないでもらえますか。今のお話を伺って僕が一番会いたくない人はあなたなんですから。」
「悪ぃ…」
あれから重い足を引きずって戻るともうアスランはそこにいなくて、置き去りのままだった仕事は全て片付けられていた。
プログラムの入った小さなディスクがキーボードの上に置かれている。
情報処理にかけてはアスランの右に出るものはいないと言われているから、これほど正確な仕事はないだろう。
でも、それをそのまま提出なんて出来なくてもう一度自分の手で全て打ちなおした。
終わって提出した頃にはもう遅くなっていて、食事を取りに行くのも気まずく、そのままニコルの部屋にやってきた。
ニコルはきっと、全てを知っていると思ったから。
目の前でニコルが紅茶を啜りながら盛大に溜息をついた。
「僕はあなたとアスランが付き合ってるのをどうこう咎めるつもりはありません。」
「え?」
「それはどうにもならないことだと思いますから。人の恋愛に干渉して馬に蹴られるのは遠慮したいですし、僕も自分のことに干渉されたくないですからそれは別にいいんです。」
「…うん。」
「まぁご自分でも一応反省しているようですからもう言いませんけど、いい加減はっきりした方がいいですよ。好きになれないならいっそラスティにはっきりそう仰ってください。」
「…お前、ホントにラスティの親友…?そんなこと言うか普通。」
「中途半端に希望を持たせる方が残酷です。」
「…そう…だな」
「そもそも、あなたは一度でもご自分の言葉でラスティに気持ちを伝えたことはあるんですか?」
そういえば俺は、一度でもアイツに伝えたことはあっただろうか?
「……えっと…」
「最悪ですね。」
「お前に言われるとマジで凹む。」
「少しくらい言われて当然です。…せめてそれくらいするのは常識だと思ってました、僕。」
「すいません。」
「これ以上ラスティを傷つけたら許しませんから。」
「さっきと言ってること違わないか。」
「受け入れろなんて言ってません。むしろ嫌いだって言う方が今のラスティにはずっと救いだと思いますよ。」
「それはちょっと」
「今のままじゃ、ラスティの思いは昇華されないんですよ。次に進むためにあなたがけじめをつけるんです。」
「アイツが傷つかない保障はないだろ。」
「あの人は強いですから。」
「おいおいおいおい」
「たとえあなたでも奪えないくらい、強い思いの持ち主なんですよ。」
当たり前のように言って、ニコルが笑った。
その瞬間、何か、とても大事な間違いをしていたことに気づいた。
ゆっくりと、心に絡まった蔓が解れていくのを感じた。
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【反省と言うよりむしろ言い訳】
ミゲルさん視点。ミゲアスもようやく絡められました。
再びニコル友情出演。
誰かがいい加減叱ってやらないといけないと思いまして。
2004.10.02
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