きみに笑顔を見せるたび、傷がひとつずつ深くなっていくよ


 

 


笑顔一粒...05

 

 

「ただいまー。あれ、アスラン早いね。」
「んー」




今日の任務を終えて部屋に戻ると、もうアスランが帰っていて、
机に向かって何かをしている。
とりあえず軽く軍服の襟元をくつろげて、近くに寄ってみる。
机の上に、クリッとした目のついた球体。
どうやらハロを作っているようだった。


カチャカチャン、カチカチ、キリキリキリ……
金属が擦れて無機質な音を部屋に響かせる。
机の側から離れてベッドに座りながら、紫色の後ろ頭を見ていた。
ほとんど微動だにしない。
ただ、手が黙々とハロを組み立てていく。
…これは、言うべきなんだろうか。




「あのー、アスラーン。」
「え?あ、ラスティ。帰ってたのか。」
「さっきただいまって言ったじゃん…。しかも返事したし…。」
「そうだったか?」
「うん、あのさ、そんなにハロ作ってどうすんの?」
「え?」




俺の言葉を聞いて、ようやくアスランが足元を見回して
目を見開いて固まった。
床には色とりどりのハロが、所狭しとゴロゴロ転がっている。
アスランが驚いて立ち上がった途端、ハロがみんな反応して一気に飛び跳ねて騒ぎ出した。




『アスラーン!ハロ、ハロ!』
『コンニチハ』
『アソボ、アソボ〜?』
『ハロハロハロ〜!アスランスキー』
「アッアスラン…このハロ耳と足が逆に付いてるよ」
『アカンデェ〜』
『オコルデェ〜!』
「わぁ…こっちは耳だけピンク。」
「……悪い、今スイッチ切るから…。」




アスランが溜息交じりにハロの電源を落として、ガサガサと紙袋に放り込んだ。
紙袋を無造作に机の上に置いて、スタンドライトを消す。
そのままボスッとベッドに倒れ込んで、また溜息。
天井を見つめる目は焦点を結ばない。
…何か、様子がおかしいな。




「…溜息つくと、幸せ逃げるよ。」
「……あぁ、そう…だな。」
「疲れてるの?何か飲む?えーと、えーと…ホットミルクでいい?」




アスランがプッと吹き出して、クスクス笑った。
笑いながら、「貰うよ」って言ったので、さっそくミルクを温める。
二人分のマグカップに温かいミルクを注いで、メープルシロップを数滴たらしてかき混ぜる。
ほんのりメープルシロップの香るホットミルクは、俺のお気に入り。
疲れた時と眠れない夜にぴったりの魔法の飲み物だ。




「はい。どうぞ。」
「ありがとう。…何か甘い匂いが」
「メープルミルクだよ。」
「へぇ……。……意外に美味いなこれ。」
「だろー!俺のお気に入りなんだ。疲れが取れるよ。」
「そっか…。」
「どうかしたわけ?アスランらしくないよね、そんなにボーっとしてるなんてさ。」
「いや…別にたいしたことは…」
「そう?」




とぼけたフリをしてホットミルクをすする。
本当はちょっと思い当たることがあった。
最近、ミゲルとアスランの間が少しギクシャクしている。
もともと、そんなに大っぴらな関係じゃなかったけど、近頃は普通に話してるときもどこか余所余所しい。
あまり一緒にいるところも見なくなった。
その所為かなと、思う。
でももしかしたら、俺の願望からそう見えているだけかも知れない。
そうだとしたら、すごく…切ない。
だからちょっと言い出せないでいる。
と、アスランがまた、溜息をついた。




「…休暇、取らなきゃ良かったな。」




ごくん、とミルクを飲み下した音が響くかと思った。
横っ面を張り倒されたような衝撃を受けた。
心臓が不規則なリズムを打つ。
カップを握りしめる手に、うっすら汗がにじんできた。




「どうしてさ?」




俺はどんな答えを期待してるんだろう。
どんな答えを恐れているのだろう。
顔の表面に張り付いた薄っぺらい笑顔が、パリパリに乾いて
今にも剥がれ落ちてしまうんじゃないだろうか


アスランは何も知らない。
知っているはずがない。
でも、今、ものすごくアスランに非難されている気分がする。
この、醜い心の内を全部見透かされてしまいそうな気がする。




「いや…その、ミゲル…なんだけど」
「うん。」
「何か、休暇から戻ってからすごく余所余所しいって言うか…妙に避けられてる気がして。」
「そう…?」
「あまり俺と目を合わせようとしないし、…話をしていてもどこか上の空で…。」
「…うん。」
「俺が何かしたのかと思っても、これといって心当たりはないし…。何でだろう、ミゲルがすごく遠くなった気がした。」




俯きがちに話すアスランの横顔に、紫の髪がかかる。
ハッキリとはわからないけど、その表情はどこか翳っていて
眉間の皺がいっそう濃くなっている気がした。
ポツポツと零れる言葉は不安と寂寥に満ちて、いつもより小さく俺の耳に届く。
アスランの言葉が心に、針のように刺さって沁みていく。
この小さな声に、遠く、深くに眠っていた思い出が甦る。








スクール時代もやっぱり俺とアスランは同室で
その時アスランはよく俺に幼馴染の話をした。
その幼馴染は俺によく似た感じだとかで、俺が宿題を忘れた時はいつでも「だからお前は昔から」と切り出す。
「手伝うのはこれきりだからな」まで言ってから、ハッとしたように俺を見て、バツが悪そうに顔をしかめる。
そんなアスランが可愛くて、大好きだった。
いつもいつも、懐かしそうな目をして話すアスランを見て、きっとすごく好きな友達なんだろうなと思っていた。




ある連休明け、アスランはひどく落胆した様子で帰ってきた。
今にも壊れそうな姿に、どうして良いかわからなくて
抱きしめることしか出来なかった。
アスランの肩を抱いたまま、ポツリポツリと呟くアスランの小さな声を必死に耳を傾けて聞いていた。
途切れ途切れの言葉から、幼馴染の友達が音信不通で行方がわからないということを理解した。
こんな時代に、行方知れずの人が生きている保障なんてどこにもない。
アスランだってそれは痛いほどわかってて、わかってるからそんな顔をしていたわけで。
それを悟った時、いつものアスランのあの嬉しそうな照れたような顔が浮かんで。
……泣きたいのはアスランのはずなのに、大泣きしたのは俺の方だった。








それ以来、あまり笑わなくなったアスラン。
いつもどこか一線を引いたような態度を取っていた。
ミゲルがそんなアスランに興味を持って、一生懸命気を引こうとしていた。
どこか冷めたように見ていたアスランも、いつしか打ち解けたようだった。
でも、いつだったか、幼馴染の子はやっぱり何にも代えられないって言っていたのを覚えてる。
だから、ずっとアスランはミゲルのことはホントに……その場凌ぎの、
…寂しさを埋めるだけの存在だと、そう思っていたんだけど








「アスランは、ミゲルのことがホントに好きなんだね。」








アスランの返事はなかった。
でも、俺の方に傾けた顔が見せた、困ったような悲しそうな照れたような、少し頬に朱が差したような
ものすごく微妙な顔が、全部、語っていた。
小さな、悲しそうな声が、全部全部、俺に教えてくれた。
カップをテーブルに置いて、紫の頭をギュッと抱きしめた。




「ラスティ?」
「アスラン可愛い。」
「はっ…?」
「すごい可愛い。何か、一生懸命なんだなぁって思って…」




ホントに、アスランがもっとずっと嫌なヤツだったら良かったのに。
そうしたら、絶対ミゲルのこと奪ってみせるのに
こんなに不器用で、不安定で、それでも一生懸命で。
ずるくて羨ましくて愛しい。
俺はどうしたってアスランを憎みきれない。




「大丈夫だよ。きっと、ミゲル、頭打ってちょっと今おかしいだけなんだよ。」
「は?」
「アスランがいない時にね、ミゲル、ボーっとしてて格納庫で頭打ったんだよ。」
「…アイツも大概ドジなんだな」
「アスランのことばっかり、考えてたんだよ。ずっと。」
「え…?」
「ミゲル、ずっと寂しがってたよ…。ミゲルには、アスランがいないとダメなんだよ。」




顔を上げたアスランに、ニカッと笑って見せる。
アスランが戸惑いがちに口に手を当てた。
自分のしたことを押し隠して、都合のいいところだけ話して聞かせるなんて最低だけど
でも、本当のことだからきっと許されるよね。
俺の方を見たアスランに、もう一度笑いかける。
頭をよしよしと撫でてあげると、瞳が緩く撓んだ。




「お前って、変わらないな。」
「は?」
「前も、こうやって俺のこと慰めてくれたよな。」
「前?前って…」
「俺が、キラが見つからないって落ち込んでたとき。」
「いや、でもあれは慰めたとは…」
「ラスティがずっと俺の頭を抱えて、むせるまで泣いて…すごく楽になったんだよ。」




…一人じゃないんだなと、思ってさ
そう言って、笑ったアスランの顔に、また心臓がヒリヒリ焼け付く。
違うのに。ホントは、アスランを落ち込ませた原因は俺にあるのに
笑ってありがとうって言うアスランに、俺は何も言うことが出来ない。
謝ることが出来ない。
代わりに、精一杯の笑顔でアスランに笑いかける。
だってこれが俺の選んだ道なんだから。
紫の頭をぐしゃぐしゃかき混ぜて、またギューッと抱きしめる。
アスランが笑いながら俺の腕をポンポンと叩いて、ふと何かに気付いたように俺の袖を引っ張る。




「そうだ、思い出した。」
「何を?」
「確かあの日も、ラスティ、これを淹れてくれたんだよな。」




俺の腕の中で、アスランが嬉しそうにカップを揺らした。
メープルミルクの香りが鼻先をくすぐって、空気に溶けていった。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



ラス+アス。アスランへの愛を示してみました。
予定ではあと2話で完結です。




2004.09.18