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あの日と同じように、ここに立っている。
でも、もうあの日のように泣き濡れたままの子供じゃない。
笑顔一粒...03
ノックをするとすぐに扉が開いて、ふわふわの笑顔が顔を覗かせた。
その瞳はいつもと同じ。穏やかで、優しい。
「いらっしゃい。」
「うん。」
「ちょうどお茶にしようと思ってたんです。どうぞ。」
「ありがとう。」
ニコルの淹れてくれた温かいミルクティー。
じんわり心の底からあったかくなる。
一気に飲み干したら、ニコルが声を上げて笑った。
「そんなに慌てなくても」って、クッキーを出してくれた。
どう話し出そうかと、ほんの少し迷ってた。
でもニコルはいつもみたいに笑って、何も聞かずに待っていてくれる。
その優しさが嬉しかった。
空っぽになったティーカップ。
空っぽになった俺にいっぱいあったかい思いをくれた。
ニコルの方に顔を向けて、笑う。
ニコルもちょっと目をクリッとさせて、にっこり笑った。
「ミゲルに、うまく言えたよ。」
「そうですか。」
「うん。今度はちゃんと、冷静になれたから。……最後にキスしてもらった。」
「はい。」
「すっごく嬉しかった。」
「はい。」
「ホントは悲しかったけど、それ以上に嬉しかったから…ミゲルの前ではもう泣かなかった。」
「はい。」
「笑って、「これからもよろしく」って言えたよ。」
「頑張ったんですね。」
そんなんじゃないよって言いたかったけど、ニコルが頭を撫でてくれたから言えなくなった。
溢れてきそうな涙をこらえるのに精一杯だったから。
こんなんじゃダメなのに。
まだまだ弱くて、カッコ悪くて、ダメだね、俺は。
両手でそっとニコルの手を頭からはずす。
軍服の袖でごしごし目元を擦って、滲みかけた涙を拭い去る。
スン、と鼻を啜って軍服のブーツの裏からナイフを出して立ち上がる。
「付き合いますよ」
首をかしげてニコルが笑う。
俺の顔はきっと泣き笑いみたいな、ヘンテコな顔になってたと思う。
どうしてわかるんだろう。
俺が、アスランに報復しようとしてるなんて考えないの?って聞いたら
そんな子じゃないですからって、笑った。
ニコルの気持ちが嬉しくて、また泣きそうだ。
「ニコルはそのまんまが一番可愛いから、いいよ。」
俺の言葉に、ニコルもヘンテコな顔をしていた。
困ったような笑っているような、切ない顔。
その顔に背を向けて、まっすぐ前を向いて立つ。
部屋の隅にニコルが置いた鏡が、俺を映し返す。
髪を止めてた紐を解くと、オレンジの髪がサラサラ流れて肩に落ちる。
左手で掬い取って後ろで束ねなおす。
ナイフを持った右手が、ほんの少し震えた。
口で鞘を外して
束ねた尻尾髪を、切り落とした。
「…通信のルナさん、泣きますよ。」
「朝が楽でいいよ。」
「そのままじゃ傷みますよ。」
ニコルが床に新聞紙を広げて椅子を置いて、そこに俺を座らせる。
テーブルに鏡を置いて、はさみできれいに髪を透き始めた。
チョキチョキチョキチョキ、軽快な音が耳に届く。
その手つきはすっかり馴れた感じで、驚いた。
「ニコルって何でも出来るんだね。」
「見よう見まねです。あ、でも時々イザークのは切ってます。楽なんですよ、彼のは。」
「…怒るよ、イザーク。」
「あはは、じゃあ内緒にして置いてくださいね。」
「どうせなら前髪も切っちゃおうかな。」
「いいですね、サッパリしますよ。」
「お願いしまーす。」
「わかりました。」
頭が軽くなっていくと、心も軽くなる気がする。
目の前にかかっていた髪がなくなると、視界が開ける気がする。
ぱらぱらとオレンジが新聞紙の上に舞って、まるで花みたいに広がる。
手のひらに握りしめた一房の髪が、微かに汗ばんで色を増す。
ゆっくりと手を開くと、床の新聞紙に吸い込まれるようにひらりと落ちた。
「短いのも可愛いですね。」
ニコルが満足そうにそう言って笑った。
鏡の中を見ると、見たことのない俺がいる。
きれいに整えてもらった短い髪。耳が見える。眉のラインもハッキリと見える。
こんなに変わって見えるんだ。
「ありがとう、ニコル。」
「いいえ」
「ホントにありがとう。」
「ラスティ?」
「ありがとう…側にいてくれて。」
立ち上がって、両手を取って握りしめる。
ニコルが俺の側にいてくれたことに、世界で一番、感謝してる。
ニコルが俺を好きでいてくれるから、
大きなセピアの瞳に映る俺が、瞳を撓ませて笑っていられる。
手のひらから伝わればいいな。
言葉に出来ないくらいありがとう、って。
と、ニコルの瞳から、大粒の涙がこぼれた。
「ニコル?」
「やだ…ごめんなさい…僕…」
「もぉ…ニコルが泣いてどうするの…」
「そうですよね…ごめんなさ…」
ギュッとニコルを抱きしめた。
なんて可愛いんだろう。
…なんて愛しい友なんだろう。
ごめんねイザーク。今日だけは、俺にニコルを貸してね。
今はこの腕がないと立っていられないから
「…好きだったんだよ、ホントに。」
「まだまだ好きでいていいんですよ。」
「ホントに?」
「ラスティの気持ちは、ラスティだけのものです。誰にも咎める資格なんてないんです。」
ニコルが泣きながら俺をぎゅうって抱きしめて、しっかりした声でそう言った。
ホントはこれっぽっちも吹っ切れてなんかない。
むしろキスしてもらった分、余計に諦め切れなくて、忘れられなくなって。
心臓の痛みは増すばかり。
時を刻むより早く俺を急かして止まない。
でも、それでも、切り捨てた髪と一緒に、思い切るつもりだった。
『ラスティの気持ちは、ラスティだけのものです。誰にも咎める資格なんてないんです。』
…捨てなくてもいいのかも知れない。
好きでいていいのかも知れない。
例えば、ニコルが俺を好きでいてくれるように、俺もミゲルを好きでいればいいんだ。
ニコルみたいに、ポツンと零した笑顔が誰かの心の中で広がっていくような、いつでもそんな笑顔でいられるようになりたい。
たとえこの先一生叶うことのない願いだとしても。
だからいっぱい泣くのは今日でホントの終わりにしよう。
ニコルが許してくれた思いは、きっと悲しいばかりじゃないから
「ただいま」
遅くなって戻った部屋は真っ暗で、アスランのベッドから小さな寝息が聞こえる。
ふと見ると、俺のベッドの上に、小さな紙袋がひとつ置いてあった。
音を出来るだけ立てないようにして開けると、買ったばかりの胃薬が入ってた。
…俺が元気なかったから?
……気にしてくれてたんだ。
「食べすぎじゃないよ…」
規則正しく上下する布団に向かって呟いた。
何かっていうと食べ過ぎって言うんだから、アスランは。
思わず苦笑する。
コロンと寝返りを打って、こっちを向いたアスランの顔は、どこか苦しげで
眉間に寄った皺がハッキリと見て取れた。
時々漏らす寝言に、俺の名前が聞き取れる。
「もう帰ってきたって。胃薬、貰ったよ。」
俺が救われないから、せめて幸せな顔してろよ。
指でぐりぐりと皺を押して伸ばすと、微妙な顔になって、その後は穏やかな寝顔になった。
ちょっとは届いてたのかな。
胃薬を引き出しに放り込んで、眠るアスランの頭を撫でた。
「ありがとう。……ごめんね。」
ごめんねなんていくら言っても足りないくらいだけど
ホントはちゃんと面と向かって言わなきゃいけないけど
起きているときに言えない事ばかりだから
これで勘弁して。
もそもそと布団にもぐりかけて、やっぱり起き上がる。
水をコップに取ると、胃薬を引き出しから取り出して流し込んだ。
苦い味が口の中に広がって、思わず顔をしかめる。
コップをテーブルの上に置き、胃薬の袋を捻ってゴミ箱に投げ入れた。
カサッと音がして、紙くずの平野に小さな山を作った。
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【反省と言うよりむしろ言い訳】
髪を切るラスティが書きたかっただけで…;
2004.08.30
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