どこをどう走ったのか、よく覚えていない


気付いたら、ここに立っていて、ドアを叩いていた


 

 


笑顔一粒...02

 

 

「ラスティ!?どっどうしたんです!びしょびしょじゃないですか!」
「ニコル…」
「とにかく入ってください。風邪ひきますよ」




ニコルが部屋に招き入れてくれて、バサバサとバスタオルをいっぱい引っ張り出してくれた。
暖かな部屋はニコルの優しい匂いでいっぱいで、それだけで胸が詰まった。
全身ずぶ濡れだった俺は、拭いても後から後から水が滴り落ちて
気付けば足元の床に小さな水溜りが出来ていた。




「…先に脱いだ方が良さそうですね。」
「うん…ゴメン。」
「なに謝ってるんですか。あ、でも僕のじゃ着替えは小さいですよね。」
「…それでもいい。」
「……部屋に、帰りたくないんですか?」




どう話していいかわからなかった。
ニコルは大好きな友達だけど、今までにミゲルの話をしたことはなかった。
アスランのことも、言っていいか解らなくてずっと言えなかった。
俯いて押し黙った俺の頬に、温かいニコルの手が触れて
顔を上げると、いつもの大好きな笑顔がそこにあった。
ポツンと心に何かが落ちて、ゆっくりゆっくり広がる。




「体を拭いて待っていてくださいね。僕、イザークに頼んで何かお借りして来ますから。」
「ありがとう…」




笑顔でVサインを出して、ニコルが部屋から出て行った。
雨に濡れた軍服を脱ぐと、一気に体が軽くなる。
じっとりと肌に纏わり付いていた不快感も、多少薄れた。
ゆっくりとバスタオルで体を拭きながら、深呼吸する。
ニコルの匂いで満たされた部屋は、一呼吸ごとに俺の心を落ち着けてくれる。
心に何かが広がって、穏やかになれる。
少しずつ頭が冷えてくる。
涙が枯れて、雨が消えて、冷静になって




怖くなった。




俺、ミゲルになんて言った?
よく覚えてないけど、勝手に逃げて泣いて一方的に思いをぶつけた気がする
…何で…そんなことしちゃったんだろう
あんな風に言うつもりじゃなかったのに
ううん、そもそも俺の気持ちなんて言う気はなかったんだ。
誰にも言わないで、そのうち小さなお墓をつくって葬るつもりの、そんな思いだったのに
あんな、子供みたいに…泣いて喚いて…


アスランだったら……
きっとアスランだったらあんなことしなかった。
もっとずっと大人びた振る舞いが出来てた。
ポーカーフェイスを崩さずに、笑ってミゲルの応対が出来てたよね。
…俺は我侭で自分のことしか考えられない
治まりかけてたのに、また涙腺がゆるんできた。




「ラスティ、入りますよー」




ぷしゅうっと音を立てて扉が開いて、ニコルが服を抱えて入ってきた。
バサバサとベッドの上に広げて置く。
イザークのと、…あぁディアッカのも。
ときどき部屋着とか外出着で着てるのを見たことがある。
どれもこれも二人のお気に入りばっかりじゃないの?




「ムリヤリ借りてきちゃいましたよ。」




クスクス笑いながら、ニコルが紅茶を淹れてくれる。
ディアッカのぶかぶかのシャツに袖を通すと、促されるままベッドに座って紅茶を貰った。
ニコルが乾いたブランケットを掛けてくれて、隣にポスンと座った。
冷えた体に、指先からじんわり紅茶のぬくもりが伝わる。
ふんわり薫る茶葉の香りに、体のつかえが外れる気がする。
一口飲むと、口の中いっぱいに大好きなミルクティーの味。
大きく、息をついた。




「俺ね、ミゲルのことが好きなんだ。」
「はい。」
「知ってた?」
「なんとなく、そうじゃないかなと。ラスティはミゲルと一緒のときはいつもすごく嬉しそうですから。」
「でもね、ミゲルは…アスランと…その…つきあってるみたいで、それでもいいって思ってたんだけど、今日、アスランがいなくて、ミゲルと話してて…ミゲルはホントにアスランが好きなんだなぁって解ったらどうしようもなくなって…」
「…はい。」
「勝手にミゲルの前から逃げ出して、泣いて、…よく覚えてないんだけど、一方的に自分の思いだけぶつけて…来ちゃったんだ」
「そうだったんですか…」
「もうその時は頭の中がいっぱいで自分のことだけしか考えられなくて、どうしてミゲルはアスランじゃなきゃダメなんだろうとか、何で俺の気持ちは伝わらないんだろうとか、きっとミゲルを困らせることいっぱいして…それでも解ってもらえないことに腹立てて…」




話していて涙がにじんできた。
泣いちゃいけないのに、止められない。
自分がこんなに泣き虫だったなんて思いもしなかった。
そんな自分がまたすごく嫌になる
一人よがりで傷つきたがりの、「可哀想」な自分を演じたがる自分が。




「やだもぅ…俺…。…ミゲルがアスランを好きになるなんて当たり前だよ。俺…こんなに自分勝手で……」
「ラスティ、そんなに自分を責めないでください。」
「だって…俺、ホントにヤな奴だよニコル…。アスランが…一瞬でも居なければよかったなんて……そんな風に思うなんて…」
「ラスティ」
「こんな俺を好きになってなんて言えない…」




ふわっと、温かい感触に包まれた。
目の前が薄暗くなって、ダージリンの香りでいっぱいになる。
頭の上から、優しい声が降ってくる




「僕はあなたが好きですよ。」
「ニコル…?」
「世界中の誰があなたのことを嫌いになっても、僕はあなたのことを好きでいます。」
「……」
「絶対に、好きでいます」




ブランケット越しに、細いけど力強いニコルの腕の感触。
百万回キスしてもらうより、愛してるって囁かれるより愛を感じた。
カッコ悪いところいっぱい見せちゃうけど、許してくれる?
まだまだ涙がおさまりそうにない。
ニコルが嬉しいこと言うから、余計に溢れてきちゃうよ。




「ありがとう…」




やっと、笑顔がこぼれた。
大丈夫、きっと前を向ける。














+      +      +      +      + 















「ねぇ!ミゲル知らない?」
「ミゲル?あー…さっきアスランも探してたなぁ。」
「多分、格納庫だと思いますよ。」
「ホント?ありがと!」




ニコルがどういたしましてと笑って、小さく手を振る。
かすかに動いた口、頑張って、と読めた。
俺もにっこり笑ってVサインをして、格納庫の方に走った。




「…貴様、さっきアスランに聞かれた時は知らんとか言ってなかったか。」
「さっきは知らなかったんですよ。もう忘れましたし。」
「はぁ〜?」
「僕も大概自分勝手ですからね。」










格納庫に行くと、ミゲルらしき人影が動くのが見えた。
他に人影もない。
…息を大きくついて、ゆっくりその影の方へ足を進めた。




「また、頭打つよ。」
「うわっ!!」




大きく振り返った拍子に、横の壁にゴン!と激しい音を立ててミゲルの頭がぶつかった。
その瞳は明らかに動揺していて、一歩後ずさった右足は今にも走りだして、ここからいなくなってしまいそうだった。
こんな瞳を見たくはなかったけど、俺はけじめをつけなくちゃいけない。
半分ムリヤリ笑顔を作って笑って見せた。多分、成功したと思う。
ミゲルの表情が不思議そうに揺らめいたのがわかったから。




「ごめんね、驚かせたね。今日も、また。」
「いや…」
「謝りたくて、会いに来た。」




見て欲しい。せめて今だけは。
俺の、目を。
そんな思いが届いたんだろうか。
ミゲルの瞳が、まっすぐ俺を見つめ返した。




「謝る…って」
「このあいだ、俺が一方的にミゲルに色々ぶつけちゃったこと。…ごめん、あんな風に言うつもりなかったんだ。」
「あ…ぁ……。いや、あれは俺も無神経だったから」
「ううん。ミゲルは何も知らなかったんだから謝ることないよ。」
「ラスティ…」
「あんな風に言って、困らせたよね。ごめんね。アスランのことも…俺ホントは好きだから。」
「………」
「アスラン、ホントに良いヤツだし…時々ちょっと危なっかしい所もあるから、大事にしてあげてよ。」
「ああ…」
「…驚かせて、困らせて、ごめん。もう、あんなこと言わないからさ!だから…」
「うん…?」




最後に我侭が許されるなら














「……一回だけ…キス…してもいい?」


































「いいよ。」








































初めてミゲルの瞳に自分が映った気がした。
ドキドキして、心臓の音がうるさくて、壁にもたれるように立つミゲルに近づくだけで足が震えた。
俺より大きいミゲルには背伸びしないと届かなくて、グラグラする足でほんの少し背伸びする。
綺麗過ぎるその顔を、こんなに近くで見られるなんて思ってなかった。
無意識でミゲルの腕の辺りを握りしめてたけど、ミゲルは振り払わなかった。
フラフラする俺の頭の後ろに、目を閉じた瞬間大きな手の感触を感じた。
一瞬触れるくらいの小さなキスだったけど、ミゲルの熱を感じるには十分で
きっと一生忘れることはない。








「ミゲルー?こっちに来てるか?」








アスランの声に、俺は電流が走ったように体を離した。
驚いたような顔のミゲルに、もう一度微笑み返す。




「じゃ、明日からまたクルーゼ隊の仲間ってことで。よろしく!」




この気持ちに嘘偽りはない。
この笑顔も、全部が俺の今の精一杯の気持ち。
きっと今、世界で一番幸せな人と同じ顔が出来てると思うよ。




「ありがとう」




…掠れかかった声で呟いたそれだけは、届かなかったかもしれないけれど…










踵を返して、アスランの声がした方とは逆に歩いていく。
まっすぐ背筋を伸ばして、前を向いて。
後ろのほうでアスランとミゲルの声が微かに聞こえる。
だんだん声が遠ざかって、聞こえなくなった途端、堤防が決壊したように涙が溢れた。
張り詰めてた足も限界で、ズルズルとコンテナの陰に座り込む。
膝の辺りにポツポツと大粒の涙が落ちて、軍服がいっそう鮮やかに赤くなる。
まるで心が流した血のように、赤く滲んでる。
望みは叶ったのにこんなに胸が痛い。




でも、最後に確かに俺は笑うことが出来た。
もう、今度こそきっと後悔しない。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



絶ち切ってしまいましたよ、この子…。
ニコルはラスティの最高の親友だと思います。




2004.08.27