テニスコートから少し離れた木の下、木製のベンチに座って雑誌をめくっていた。
GW中に一日だけ部活のお休みをもらって、侑士と行く予定の千葉。
近場でもちろん日帰りだけど、東京でのデートとはやっぱり趣が違う。ガイドブックを見ながらウキウキする気持ちは高まる一方。
今日の昼休みでやっと大まかなコースが決まってきたし、あとは電車の時間とお昼の場所を決めて…
 
顔を上げると、テニスバッグを背負った侑士がゆっくりとこちらに顔を向けたところだった。
あたしが好きで待ってるだけなのに、いつも少し小走りに、申し訳なさそうな、でもちょっと嬉しそうな顔でこっちに来る。
その瞬間が、何より好きだった。









P u Z z L E ...1







「お疲れ様。帰ろっか。」
「あぁ、でも大事な話せなアカン。」
「わかってるよ、お昼休みの続き、電車の時間とお昼の場所でしょ?」
「え?あぁ、そやな…」
「あたし待ってる間に考えたんだ。いくつか候補挙げたから聞いて!」




あたしはさっそくパンフレットを開いて、行きたいカフェやレストランの写真を侑士に見せる。
休み時間に二人で話した、食べたい物の候補を考慮して選んだベストチョイス。
そこからの眺めや値段、他に行きたい場所との位置関係なんかもちゃんと考えたんだもんね!
侑士はあたしの説明一つ一つに、軽く相槌を打ちながら何か考えこんでるよう。
あたしはすっかり売り込みのセールスマン気分。
そう、次が特にイチオシなんだ!
だんだん喋りにも熱が入ってきて、指をさしながらまくし立てる。




「でね、こっちも良いんだけど、眺めがちょっと期待できないかもなのね。だから」

「うん?」
「やっぱりその予定、なかったことにしてくれんか…。」
「あ、日にちの都合が悪い?大丈夫だよ、あたしまだ他の日も都合…」
「違う、そうやなくて…」




半歩先を歩いてた侑士が足を止めたのに合わせてあたしも立ち止まる。
見上げた顔は、僅かに残る西日に照らされているけど表情は定かに見えない。
固く引き結んだ口元がやけに真剣に見える。




「別れて欲しいねん。」
「なに、それ。」




あまりに唐突で、それまでの流れからは全く想像もつかない一言だった。
今日はエイプリルフールではなかったはず。いっそそうだったら涙を流して笑うのに、今のあたしはただ目を丸くして絶句したままその次の言葉を継げないでいた。
そして侑士も真剣な目をして、同じようにそれきり口を噤んでる。
心臓がいやに速く鼓動を打つ。
…もしかして、本気なの?




「何で、今に、なって、いきなりそんなこと…」
「ずっと言わな言わなと思ててんけど、なかなか言い出せんかった。」
「ずっと?」




その一言にもっとショックを受けた。
てことは何?侑士はずっとあたしと別れたかったってこと?
沢山のパンフレットを広げて、あぁでもない、こうでもないって、一緒にいろいろ考えてた時間はなんだったの?
浮かれていたのはあたしだけ
楽しみにしていたのはあたしだけ
ウキウキ気分を弾ませてるあたしの隣で、侑士はずっと別れることばっかり考えてたんだ。
そう思った途端、さっきまでの自分がひどく滑稽で馬鹿馬鹿しい存在に思えてくる。
 
侑士にはそんなあたしすら、見えていないんだろうか。
真剣な顔で、「ずっと」考えてたらしい言葉を淡々と紡ぐ。
あたしと侑士のいる次元が噛み合ってない錯覚を起こす。
…悪い夢を見ているようだ。




「めっちゃ悪いと思うとる。せやけど…」
「何で?理由を聞かせてよ、いきなり別れようじゃ納得できない。」
「全部俺の身勝手のせいや。お前は悪くない、何も。」




混乱してるはずなのに頭は妙に冷静で、こういう言葉をどこかで聞いたことがあると、反芻してる。
でもどこかで、それを突き止めちゃダメだと警告を鳴らしている。
わかってるんだ、言われた時からそうかもしれないって思ってたんだ。
ドラマでも、小説でも、そうだよ、こういう言葉を言う時って




「…他に、好きな子が出来たの?」




自分で言い出した言葉が怖くて、緊張のあまり吐き気がしてくる。
喉まで心臓がせり上がって来たみたいに、変に熱くてバクバクする。
お願い、違うって言って。ただ部活が忙しいとか、家の人に注意されたとか、ただ何かが不安だとか…怖いとか。
その目はもうあたしを見ていないなんて、嘘でしょ。


でもあたしの期待を裏切るように、侑士がゆっくりと首を動かした。
その瞬間、心臓がストンとどこかへ落っこちて、今まで感じていた自分の体温が消え去った気がした。
緊張していた頬の筋肉が、一気に力を失うのがわかった。




「そう、だったんだ。」
「…ごめん。」
「じゃあ、もうこれはいらないね。」




手に持っていた旅行雑誌を、両手で固く握りしめる。
ふと、すぐ側にくずかごを見つけて、静かに歩み寄ってその中へ捨てた。
バサッと音を立てて崩れ落ちた雑誌、端っこを折ったページが幾つも見える。
行きたいところ、見たい場所、食べたいもの、全部ピンクのマーカーでマルをつけた。
そんな雑誌は辛すぎてもう見れない。




「ホンマごめん
「じゃあ…あたし帰るから。」
「もう暗くなるし、送って…」
「やめてもう。…これ以上あたしを惨めにしないで。」




ありったけのプライドをかき集めてそれだけ言った。後は背を向けて走り出した。
全速力だった。周りなんか何も見えなかった。色んなものを吹き飛ばしたくて、息が切れるまでひたすら走った。
でも喪失感だけが、しこりのように心に残って消えなかった。




「おい!」
「えっ?う、わぁっ!」




振り向く間もなく右腕が強く後ろへ引かれた。
反動で後ろへ転びかけた体が、ボンッと乱暴に受け止められる。
そのすぐ横を、大きなクラクションを鳴らしながら、猛スピードの車が通り過ぎた。
いつの間にこんな大通りまで来てたんだろう、全然気が付かなかった。
 
熱くなってた気持ちに冷静さが戻ると、心臓のバクバクが大きくなってくる。
と同時に、ぶつかったままのあたしの背中に伝わる、後ろの人の心臓の鼓動の速さに気づいた。
…この人もすごくビックリしながらあたしを助けてくれたんだ。
体がぶつかったままで、バクバクが重なって、誰だか知らない人なのに妙に親近感が湧く。
ゆっくり振り返ったあたしの目に映った、僅かに緊張の色を浮かべている、そのかお、は




「…死ぬ気か、お前は。」
「あ…跡部」
「ちゃんと前見て歩け。大体お前こんな所で何してんだ。忍足はどうした。」
「別れた。」
「あぁ?」
「振られた。今、ついさっき」
「…何だあいつ、またか」




『またか』
その言葉がやけに胸に痛かった。




「忍足、また彼女と別れたの?」
「そうやねん、。慰めてー。」
「何が慰めて、よ。アンタが振ったんでしょ。可愛い子だったのに。」
「せやけど、何か違うんよー。そう思ったらもう付き合われへんやん?」
「今までもそれで別れたわけ?如月さんもメグちゃんも千恵もようちゃんも?」
「よう覚えてるなぁ…。まぁ、そうやね。大抵は。」
「あきれた。」
 
「…なぁ、は俺と付き合う気ない?」
「は?」
とおると楽しいし、何か今度こそはまりそうな気がすんねん。」




今思えば、なんて簡単な言葉で堕ちてしまったんだろう、あたしは。
でも、それはあたしがずっと待ち焦がれていた瞬間。
失くしたパズルのピースを探すように、女の子をとっかえひっかえしてた侑士に、それでもあたしは惹かれてた。
 
きっと誰しもが一度は憧れただろう、そのピースに、あたしがなりたかった。
 
周りの羨望の瞳、侑士の優しさを感じるたびに幸せを感じた。
そして今までの誰よりも長く続いてる事実があたしをいつも励ましてた。
侑士が探してた心のピース。
なれると信じてた。
 
…でも、なれなかった。




「あたしも、侑士にとっては何か違った、それだけのことなんだよ。」




言いながら涙が溢れてきた。
侑士の前では一粒も零さなかったのに、何で今頃になって出てくるんだろう。
跡部の前で泣いても困らせるだけなのに、ていうか跡部が悪いみたいに見えるじゃん。ウザイとか思われてる、きっと。
 
ばさり、という音と共に目の前が薄暗くなる。
ちょっと暖かくて、僅かに香水の匂い。
手が袖口の生地に触れて、跡部のブレザーだと気づいた。




「…来い。送ってやる」




抱え込むように背を押されて、今まで乗ったことが無いくらい大きな黒塗りの車に乗った。
広い広い後部座席にあたし一人。跡部は鞄だけ残して助手席に座ったみたいだった。
間のカーテンも閉まって、外からも見えない、ホントに一人の空間になった気がして、涙が止まらなくなった。
泣きたくないのに涙が出てくる。
息がくるしくなる。
でも口を開くと息が音になってこぼれ落ちる。
車の中にみっともない嗚咽がこだまして、余計に惨めだった。
跡部も、もう何も言わなかった。








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〜、あたし。入るよ。」




そう言う声とほぼ同時にドアが開いて、両手に袋を提げたが入ってきた。
勝手知ったるようにテキパキとテーブルを広げ、座布団を敷いて座る。
テーブルの上には、色とりどりのアイスクリームのカップ。
バニラ、チョコ、抹茶、小豆、オレンジソルベ…
どれもあたしの好きなのばっかりだった。




「お腹すいてんでしょ。食べな。」
「ありがと」




言うが早いか、さっそく自分もカップを開けて食べだした。
あたしもズリズリとベッドから這い出して座りなおすと、ひとつカップを取る。
それだけ動くのに目が回って、あの日から2日ほぼ泣き通しで、ろくに食事もとらなかったことに気づいた。
ただ「侑士にフラれた」とだけ書いて送ったメールで、ここまで察しているに妙に感心するのと同時に、何だかあったかい毛布に包まれたみたいな安心感が込み上げてきて
ズビズビ涙を零しながらアイスクリームを掬って食べた。胃がきゅうっと締まって冷たさを訴える。
悲しすぎて泣きすぎて、もうあたしの中は空っぽで半分死んだみたいだと思ってたけど
何だか少し、まだ生きてるんだってことを感じた。


がひとつ食べ終わる間に、ポツリポツリとあたしはあの日のことを話した。
侑士が「ずっと」と口にしたことを話す時、胸がぎゅうっと絞られてまた泣きそうになった。
2日経った今なら、侑士がきっと優しさから言い出せなかったのだということくらいわかっていたけど、それでもやっぱり悲しかった。
いくらあたしでも、そこまで大人になれない。




「あーあ、ひどい顔。ほらティッシュ。」
「ありがと…」
「今そんな泣くんなら、何でそん時、泣いて叫ばなかったの。そしたら忍足だって思い止まったかもしれないじゃん。」
「そんなのカッコ悪いし、余計惨めじゃん。」




でもの言うとおりだった。
あたしはものわかりが良すぎた。カッコつけすぎだった。
泣いて縋って行かないでって、ドラマのように叫んでみれば良かったのかもしれない。
人の決めたことに異議を唱えられないあたしの、悪い癖。
振られた相手にこの先どう思われようと、構いやしないっていうのに。




「最悪…カッコ悪いあたし」




ポツンと呟いた言葉が妙にストンと心に落ちた。
とても痛い言葉ではあったけど、何か頑なに装っていたものがひとつ剥がれた気がした。
…そうだよ、大体あたし、あの日公衆の面前、しかも跡部の前で大泣きしてるし。
その前には道路に飛び出しかけて、危うく車に轢かれかけた。
あの状況からして、失恋を苦にした自殺未遂とか取られてもおかしくない。そう考えるとあの後の跡部の親切さも納得できる。
空回って、詰まんない意地張って、自殺未遂に大泣き?
…これ以上の醜態をまとめて見せることなんてそうない。
そうよ、あんな醜態を晒しても生きてるんだから、それでも、生きていられるんだから。
が空になったアイスクリームのカップをまたひとつ重ねる。
それを見て、あたしも手に持ったままのカップから一気にアイスをかき込んだ。




「よし、もういい。あたしカッコ悪いんだ。」
「お、開き直ったな。」
、今から美容院付き合って。カッコ悪いついでに髪切る。」
「ひゅう、お約束ぅ。」




が下手な口笛を鳴らして可笑しそうに笑った。
あたしも、目を腫らしたまま、久しぶりに笑った。




「いいでしょ。いっそ清々しくて。それに振られたときのあたしじゃなくなるんだからね。」
「だからが好きよ、あたし。」




が最後のアイスクリームを開けながら、五月の風のようなさわやかな笑顔を見せた。




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【反省と言うよりむしろ言い訳】


他校mixで連載を書いてみたいなぁと思い立ち、GWももう半ば過ぎてますが(苦笑)決行してみました。
まぁ他校と言っても私が書くんだから、大体顔ぶれはわかってしまってると思います(笑)。
ドキサバ海編で、跡部さまが意外と嫌味なく親切だなーとドキめいたので、今回はそんな跡部さまも追及したい気持ちです。
先まで書きたいものがいろいろあって、久しぶりに書く楽しみを実感する作品になりそうです。

2007.05.03