|
それは雪ではなく、星でもなく
風に踊るように舞い降りて、柔らかく降りそそぐ
君に紡ぐ言の葉
「イザーク、こいつラスティっていうんだ。」
ディアッカが笑顔でそう言って、目も眩むような色をした髪の子どもを紹介した。
たった三日、体調を崩して一緒に遊ばなかっただけじゃないか。
それまで毎日のように相手してやって、家族ぐるみで仲良くしてやってたのに
軽薄な幼なじみはもう別の遊び相手を見つけていて、あまつさえ俺の家にまで連れて来た。
笑顔を見せて俺に近寄ってくるその子どもに、俺はものすごく不機嫌な顔をして見せた。
差し出された手を無視して椅子に座りなおす。
ディアッカが困った顔をしたけれど、そんなのどうでもいい。
理由なんてわからない。ただ無性に腹立たしかった。
それが、俺とラスティの初めての出会い。
「まぁイザーク、どうしたの!?」
家のドアを開けると、母上が開口一番、驚いた声でそう叫んだ。
ばつの悪さに思わず視線が下がって、靴の先っぽにぶつかる。
うわ。
外で見たときもかなり汚れてると思ったけど、きれいに磨かれた玄関ホールに立っていると、ますます汚く見える。
おまけにおろしたての洋服は上から下まで泥まみれ。
母上が卒倒しないのが不思議なくらいだ。
「母上、すみません。ちょっとディアッカたちとふざけていて」
「まぁ…今までだってこんなことなかったのに…最近はどうしたのでしょうね。」
「え、あの」
「とりあえずお着替えなさい。」
「はい。」
何をしていたのかまで訊かれなかったことに、とりあえずホッとした。
まさか自転車に三人乗りして坂を転げ落ちたとは言えない。
シャワーを浴びると泥に隠れていた擦り傷にしみて、ヒリヒリ痛みが込み上げる。
…それもこれもアイツのせいだ。
ディアッカが連れて来た「ラスティ」は、全く人見知りせず、すぐに俺たちに馴染んで仲間に入ってきた。
それまでどんな奴らと遊んできたのか、アイツはカードゲームや最新の電子ゲームにはほとんど興味を示さなかった。
外で飛んだり跳ねたり走り回ったりするのが好きなようで、ディアッカとも公園で出会ってすっかり意気投合したのだと言った。
アイツが提案する遊びは、確かにスリリングで新鮮だった。
でも俺はアイツとディアッカが笑うたびに、どこか不快な気分になる。
胸の中がざわざわして、すぐ怒鳴ってしまう。
だって、あの無防備な笑顔を見てると落ち着かない。
何かモヤモヤして自分が嫌になる気がして、それが嫌で、見ていたくない。
でも、誘われないとまたムカムカして、怒鳴り飛ばしてる。
アイツと仲良くしたいのか、仲良くしたくないのか自分でもわからない。
シャンプーの泡が目にしみてギュッと閉じた目の裏に、ライトの残像が浮かんで
ふと、帰り際のアイツを思い出す。
ごめんごめんと謝る声だけ耳に残ってるけど、顔が浮かばない。
どんな顔をしていたっけか。
すごく怒っていたからろくに顔なんか見なかった。
また、明日と言ったアイツに返事もしないまま帰ってきてしまった。
…さすがに、悪かったかな。
って何で俺が反省してるんだ!
いつもアイツの勝手に迷惑してるのは俺だぞ!
別に気にすることない。
明日から遊ばないなら遊ばないで、願ったり叶ったりじゃないか!!
だから、何だ、もうアイツの顔なんか消せ、消せ、消せ!
消えろ、俺の頭に住むな。
何だよ、何でそんな寂しそうな顔が浮かんでくるんだ。お前何が言いたいんだよもう!
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
バシャバシャシャワーを振り回して追い払っても消えない。
ああもう何なんだ!!
何で俺がこんなにいろいろアイツのことで悩まなきゃいけないんだ!
アイツなんて、ただ、後から俺たちの間に割り込んできただけなのに。
アイツがいなきゃあんな無茶な遊びもしないし、母上に謝ることも、みじめな気持ちになることもない
いいこと尽くめじゃないか、って思うのに。
キュッとシャワーの湯を止める。
温まった体に天井からぽたぽた落ちる水滴が冷たい。
変じゃないか。
明日遊ばないのかもって思うと、寂しくなるなんて。
コツン、
コン、コツン
ん?
読んでいた本から顔をあげる。
今、何か音がしたか?
コツン、
コン、コツン
不思議な音は続いてる。
部屋の窓に何かが当たってるのか…?
ベッド脇のデジタル時計を見ればもうすっかり夜も更けていて、鳥が飛んでるような時刻でもない。
俺の部屋の裏にはそんなに枝振りのいい樹も植わっていないはずだが…。
「イザーク!」
「ラス、ティ?」
不審に思ってふと窓際に寄って、何気なく見下ろした庭で見慣れた顔がこちらを見上げていた。
右手を俺に向かって振って、左手には何かを握りしめている。
「お前、そんなところで何してるんだ。」
「イザークを誘いに来たんだよ。なぁ、今って暇?」
「はぁ!?お前今が何時だと思っているんだ。」
「えーと、9時ぐらいじゃね?な、行きたいとこあるんだ。降りて来いよ。」
「ばっ!!何考えて…!」
言いながら思わず声を低める。
母上に気づかれたら、何かいわれるかもしれない。
昼間もこいつと一緒だったとわかったら、もう遊ぶなって言われても不思議じゃない。
そんなの…
「イザーク?」
「…母上に、叱られる。」
「内緒でちょこっとだけだよ。そんな遠くじゃないし。」
「お前なぁ」
「昼間のこと怒ってる?なら尚更、一緒に来てよ」
真っ直ぐ俺を見上げる目が青くて、深くて、吸い込まれそうで。
その瞬間、何にも考えられなくなって、飛ぶようにそこへ向かって降りていた。
「いこ。」
当たり前のように差し出された右手。ためらいながら差し出した俺の左手をつかんで歩き出す。
こんな時間に子どもだけで出歩くなんて、初めてかもしれない。
そんなどきどきが足どりを緩めさせたり早めたり。落ち着かない。
ふと握りしめたままのラスティの左手が俺の前で開かれて、ガラスみたいな星粒が出て来た。
「何だ、これ。」
「星形のあめ。さっき窓にぶつけてたんだ。食べる?」
答える前にラスティが口の前まで飴を差し出してきたので、思わず口を開いてそれを迎え入れる。
一瞬見えたそれは、むらさき色の星形の飴。
ラスティは自分の口にもひとつ放り込んだ。
そのまままた、手を繋いで歩き出す。
舌で転がすと、グレープの味が広がった。
「イザークこれだよ!見て見て!」
ハッと見上げると、大きな木が目の前にドーンと立っていた。
木の枝の先が真っ白で目を見張る。
驚いてよくよく見れば、それは葉ではなく花だった。
風が吹くたび、フワーッと花びらが散って舞った。
「…これは」
「桜だよ!きれいだろ!ホラ地面にもいっぱい!」
「うわっ!!」
言うが早いか、ラスティはそのままゴロンと地面に寝転がった。
繋いだままの手に引っ張られて、俺まで地面に倒れ掛かる。
慌てて受身を取って体勢を整えたが、ラスティの上に半分圧し掛かるような感じになってしまった。
慌てて着いた右手で反動をつけて隣に座ったが、動悸がする。
「この馬鹿!何でお前はいつもそう強引なんだ!!」
「えっ、ごめん…。痛かった?」
「そんなんじゃない、お前だって怪我するだろうが!馬鹿!!」
目を丸くして驚くラスティ以上に、俺が驚いていた。
何言ってるんだ、俺は。
俺が怪我して、泥だらけになるのが嫌なんじゃなかったのか。
振り回されるのが嫌なんじゃないのか。
母上に怒られるのが嫌なんじゃないのか。
…そのはずなのに
でも、今、握ったままの手を離さない自分がいる。
力が抜けて、ラスティの隣の地面にそのまま寝転がった。
真っ暗な空に星が幾つも幾つも見えて、覆い被さるように桜が枝を伸ばしてきて
暗いはずなのになぜか、真っ白な世界にいる感覚を覚える。
風の音と一緒に、花が降る音がする。
変な気分だ。手を繋いだまま、こいつと寝転がって。
「ごめん、イザーク」
「もういい」
「イザークと一緒に、イザークと二人で見たかったんだ。」
「俺と?」
「この桜の下で、イザークに聞きたいことがあったから。」
そう言えば、一緒に遊ぶようになって結構経つが、俺はこいつと二人だけで話をしたことなんてなかった気がした。
そう思った途端、また何だか変にどきどきして落ち着かなくなる。
「イザークは、俺が嫌い?」
こちらを見ないままに、ラスティがそう言った。
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえそうで息を詰める。
繋いだ手が震えたのは、寒さのせいだけじゃなかった。
今、口を開いて何かを言ったら声がひっくり返りそうな気がして
ただ首を横に振った。
音もしないその返事に、気づいたのだろうか。
微かに空気が揺れて、ラスティが笑った。
「へへ。そっか」
「…ああ。」
「あーやばい、俺泣きそう。」
「…そんな笑ってるくせに何言ってる」
「笑いながら泣きそう。嬉しくて。」
「何で。」
「ぜってー嫌われてると思ってた。」
グシッと鼻をすする音が隣で聞こえて、顔をそっちへ向けたらホントにラスティは泣いていた。
俺の手を握りしめたまま、空をじっと見上げて
誰かが俺のことで泣くなんて、初めてのことで
どうしたらいいかわからなくて、ただ手を強く握り返した。
心臓がまだ、どきどきいってる。
「俺は、お前のこと嫌いじゃないからな。」
好きだとか、仲良くしようとか、今更そんなの気まずいし恥ずかしくて言えるわけないけど
でもやっぱり言わなきゃ伝わらないんだなと思ってそれだけ言った。
わかった、と言いながらラスティはまたひとつ鼻をすすった
「へへ、俺カッコワリー。」
「そうだな。」
「はは」
「でも俺もカッコ悪かった。」
「そっか?」
「ああ。おあいこだ。」
「そっか。」
「…ねー、イザーク」
「何だ。」
「明日また遊ぼうね」
「ああ、遊ぶか。」
空気が揺れて笑い声が響く。
気づくと口の中の飴の味が変わって、オレンジの味になっていた。
back
【反省と言うよりむしろ言い訳】
イザークとラスティ、多分10歳くらい。
幼なじみ推奨派の私としましては、こんな出会いを希望。
イザママは怪訝そうな顔をしつつも、子供らしくなったイザを微笑ましく思っていると良いなと。
2007.03.25(04.02加筆訂正)
|