実家から送られてきた本の間に挟まった、古い写真


その一枚の写真が、眠っていた記憶を揺り動かした


 

 


 

 

教室の窓から下を見下ろすと、正面ゲートに後から後から車が入ってくるのが見えた。
どれも黒塗りの超立派なシロモノ。見ただけで乗ってる人の地位が推し量れる。
降りてくるのは、これまた高そうなスーツやら学位服やらを着たオジサン連中。
どの人も口髭をたくわえて貫禄たっぷりに、ゆったりと講堂に向かっていく。
今日はうちの学院の学術研究発表祭。
言ってみれば文化祭のグレードアップしたヤツ?
中等部から大学院までの生徒の構内展示や講堂での研究発表やらが大々的に行われる。
つっても、もっぱら高等部以上の生徒の研究発表がメインで、俺ら中等学生の展示発表なんてオマケもいいとこ。
今日だって別に来なくったって良さそうなのに、先生の厳命でしぶしぶやって来たくらいだし。
しかも来てみれば、真面目に来てんのなんか俺とクラス委員くらいじゃん。
帰ろうと思ったけど、先生にとっ捕まって準備の手伝いをさせられて。
片づけでまた手が要るから、帰らないで残ってろだって。マジかよー。
でも普段の成績が今ひとつ足りない俺としては、「成績に付けてやる」のセリフに抗えなくて
ご褒美と称したささやかなドリンク一杯を手に、こうして誰もいない教室でぼんやりしてる。
あーあ、家にいたら一日中ゲームしたり、ラクス・クラインのホログラム見たりとか出来んのに、ついてない。


あ、あれ、テレビで見たことある人だ。
あっちの人はどっかのアカデミーの学長だっけ?
やってくる人は、俺が知ってるだけでもかなりのメンツだけど、でもサッパリ興味がわかない。
講堂に行ったって、どうせ俺じゃわかんないような話ばっかりだろうし…
かと言って、このまま教室でダレてるのもつまんないしなー。
仕方なく立ち上がった俺は、教室を出て廊下を歩き出した。
展示を見るともなしに見ながら、人込みとは反対方向へ適当にぶらついて
気付いたら、普段はほとんど来ない中庭になんか来ていた。




「わ、思ったより暖かいじゃん。」




日がめいっぱい当たってる中庭は、風もあまり冷たくなくて心地良い。
秋だからあんまり花も咲いてないけど、一面に広がる芝生がまだ青く、木も程よく紅葉していて目に優しい。
昼休みはもっぱら屋内カフェテリアで過ごすことが多いし、外になんてめったに来なかったけど
…へぇ、結構気持ちいいとこなんだぁ。
これだったら、たまにはココで飯食べてもいいなぁー
そんなことを思って伸びをしながら足を踏み入れた俺の目に、キラキラ光る色が飛び込んできた。
眩しくて、一瞬目を細める。
何あれ…?




近寄って見ると、見知らぬ人が芝生にゴロリと仰向けになって眠っていた。
俺より三つ四つ上、高等部生くらいに見えるけど、高等部生なんてこんなとこに来ないだろうし
だいたい制服も着ていない。
薄い茶色のストライプのシャツに、茶色のベスト。こざっぱりした黒のパンツに足元は皮の靴。
…結構フォーマルめの服装だし、やっぱ研究発表に来た人なんだろうか。




「…俺の顔に何か付いてる?」
「えっ?」




突然声をかけられて、思わず一歩後ずさった。
見るとその人が目を開けていて、寝転がったまま下から俺を真っ直ぐ見てる。
心臓がいやにドキドキしている。
いつの、間に、起きたんだろう。




「あ、あのすみません、覗き込んだりして。誰だろうって思ったので、つい」
「何だ、寝込みを襲うつもりなのかと思ったのに。」
「え、えぇぇ!?」




体を起こしながら、その人はとんでもないことをペロッと言った。
あまりにも露骨に言うから何て言っていいかわからず、ただ口をパクパクさせるしか出来ない。
そんな目を白黒させて驚く俺の顔を見て、その人は声を上げて笑った。




「冗談だよ。あんな近寄り方じゃ、みんな逃げちまう。」
「あの、あなたは?」
「人の名前を聞くときは、自分から名乗るもんだぜ?」




明るい声で笑いながら、その人は俺にそう言った。
でも、声も表情も明るいんだけど、妙に艶っぽくてちょっと落ち着かない気分になるなぁ…




「ヴィ、ヴィーノ・デュプレです。」
「ラスティ・マッケンジーだ。」




差し出された手を受けながら、さっき光って見えたのはこの人の髪だったのだと気付いた。
明るい、それこそお日さまのようなオレンジ色。
瞳は空の色で、笑うとスッと細くなってその表情をいっそう華やかにする。
その髪にはよく見ると小さなオレンジの花がいっぱいくっついていて
まるで花輪のように繋がってすごくきれいで、その部分が一層濃いオレンジ色に見えた。




「髪に花の色が移った…?」
「バーカ、もともとこういう色だよ。」




ラスティさんがゲラゲラ笑いながら、頭の花を手で払い落とす。
はらはらと花が落ちた芝生の上には、同じ花がいっぱい咲いていた。
オレンジ色の小さな小さな花。




「初めて見た、この花。なんていう花ですか?」
「これはこの木の花だよ。」




ラスティさんが指差した先を見ると、濃い緑色の葉が茂った木が立っていた。
俺よりも少し高いくらいの背丈。
その木に、濃いオレンジの花粉みたいなのがたくさんくっ付いてて
促されるまま顔を寄せて見ると、小さな花がいっぱい集まって咲いていた。
それは確かに、ラスティさんの髪に、芝生の上に、咲いていたあの花。




「金木犀っていうんだ。」
「キンモクセイ?」
「そ。俺が植えたんだよ。」
「ラスティさんが!?」
「そんなに驚くなって。俺、ココの中等部の卒業生でさ。修学旅行先でこの木に一目惚れして、一株もらって植えたんだ。キレーだろ?」




ラスティさんが愛しげに見上げる木は、その視線に答えるように風に揺れて
その途端に、むせ返るほどの強い匂いがいっぱいに広がった。
空気が一気に甘くなる。
息をしたら、口の中が甘くなるような錯覚を起こした。
ひらひら舞い散る花を受けて、ラスティさんが嬉しそうに笑う。
花と同じ色の髪の人。花のような、笑顔。
思わず見惚れて、呆けたまま口からポロッと言葉が零れてた。




「きれい…」
「だろ?俺の一番気に入ってる場所だったんだぜ。」




ラスティさんが誇らしげに笑って、甘い空気をめいっぱい吸い込むように大きく深呼吸した。
俺が思わずきれいと言ってしまったのはラスティさんのことだったのだけれど、どうやら上手く勘違いしてくれたみたいだ。
ホッとしたような、なぜか残念なような気持ちになりながら、もう一度『キンモクセイ』を眺める。




「っあー!お前、こんなところに居たのかよ。」




突然思いも寄らない大声が聞こえて、俺のことかと思って慌てて振り返った。
けれどその先に居たのは担任の先生ではなく、もっとずっと若い、やっぱり高等部生のような人。
薄い色の金髪がとても印象的だった。
ズンズンこっちに歩いてくるその人にオロオロする俺の横で、ラスティさんがパンパンと芝を払いながら立ち上がる。
ちらりと見れば、その顔には薄ら笑いすら浮かんでいた。




「ごめん、久しぶりだからはしゃいじゃったんだよ。」
「ったく。お前が来たいっていうから付き合ったんだぞ。勝手にどっか行ってんじゃねぇよ。」
「ごめんてばー。謝ってんじゃん。探しに来てくれて嬉しいよー。」
「調子いい奴。教授に会いに行くんだろ?」




ちっとも悪びれない様子でラスティさんは相手の人に謝る。
でも相手の人も、最初こそすごく怒ってるように見えたけど、もう慣れてしまっているのか、諦めてしまっているのか、ちょっとラスティさんのおでこを弾くくらいで話題を変えてしまった。
ラスティさんも当たり前のように受け流す。
でもその顔は何だかとても嬉しそうに見えた。




「そうだった。えーと、お前!ヴィーノ!!」
「は、はい?」
「悪いけどさ、ちょっとウィジェタ教授んトコまで案内してくんない?」
「あ、はい…!」
「っと、その前に。ミゲル、なぁ、ピルケースかなんか持ってない?」
「はぁ?持ってねーよ、そんなもん。」
「えー、じゃなんかちっちゃい入れもん。欲しいー。」
「お前なぁ、いきなりそんなもんが出てくるわけねーだろ。」
「あ、俺、ビタミン剤の小瓶持ってますよ。」
「マジで?貰ってもいい?」
「はい、どうぞ。」




ラスティさんは嬉しそうな顔をしてサンキューと言うと、俺から瓶を受け取って地面に散り敷いたキンモクセイの花を拾い出した。
花をすくっては、丁寧にゴミを落として瓶に詰めていく。
瓶がオレンジ色に染まっていく。




「何だそれ。っつーか拾ってどうすんの。」
「金木犀の花。いい匂いがするんだ。色も綺麗だし部屋に置こうと思って。」
「…アスランに嫌がられるぞ」
「ふふ、アスランは俺に甘いから平気だよ。」




そう言ってまた艶っぽく笑う。
その笑顔を向けられたのは俺じゃないのに、思わず心臓が跳ねた。
あれは無意識なんだろうか。
見ていてドキドキするけど、狙ったようなあざとさは感じられなくて、全く厭味がない。
ただひたすら、可愛い。きれい。そう思うだけ。




「さ、これでよしっと。ありがとなヴィーノ。」




その笑顔が不意に俺に向けられて
大きく心臓が波うって、顔に熱が上がった気がした。
そんな俺の様子に不思議そうに首をかしげたラスティさんが、一歩こちらに踏み出して
俺に真っ直ぐ手を差し伸ばした








…そこで目が覚めた。
あまりに鮮明な夢だったから、目が覚めたときも自分が今どこに居るのか一瞬わからなくなった。
隣から静かに聞こえてくる寝息に、アカデミーの宿舎だということに思い当たる。
時計を見れば、まだ夜明け前だった。




…久しぶりに、あの人のことを思い出した。
ふと枕元に視線を廻らせば、昨日実家から届いたばかりの本。
その隙間から、中等学校卒業の写真が見えて、これのせいかと思い当たる。
そうだ、もう…秋だったんだ。


その時別に何を思いついた訳ではなかったけれど
自然と俺の体はベッドを抜け出し、制服に袖を通して、鞄を掴んで
まだ夢の中のヨウランを起こさないように、そっと部屋を出て駆け出した。








俺が中等学校の門を飛び越えた頃、ちょうど朝日が俺に届くほどに昇ってきていて
目を細めながら、中庭にゆっくり足を進めた。
昇ったばかりの朝日を受けて、夜露を帯びた木々や草花がいっそうキラキラ光ってる。
あの日から何も変わらない姿で、その木はそこにあった。
芝生に散った花びらもあの日の様子そのままで、
オレンジ色に染まった芝生は、まるでそこにあの人が眠っているかのように見える。
風に乗って甘い香りが鼻をくすぐり、いっそう鮮明にあの日の思い出を甦らせる。


花が風に乗って一つ、また一つと地面にその身を投げかける。
あの日もこうして、眠っているラスティさんを慕うように舞い降りていた花びら。
あの日は祝福に見えたそれが、今は涙のように見える。


俺はかがんで花をすくうと、ゴミを払って丁寧に瓶に詰めていった。
ねぇ、ラスティさん、この木は雄の木だって、知っていた?
こんなにきれいに花が咲いてるのに、この木は実を結ぶことはないんだって
後になって知った。
ラスティさんは、今俺のいるアカデミーのトップテンの卒業生で
赤服を着て、当時一番のエリート揃いだったクルーゼ隊に所属していたこと。
オーブのヘリオポリス攻略の時に、儚く散って行ったこと。
まるで、金木犀のようだね。
あんなに綺麗な人だったのに、何も残さずに逝ってしまったなんて
潔くて、儚くて、とても、きれい。
ポツリと一粒涙が零れて、消えた。










「ヴィーノ!お前どこに行ってたんだよ?」




ちょうど朝食が終わる時間くらいに部屋に戻ると、開口一番ヨウランがそう聞いてきた。
今日から数日、休暇になってたから、もう帰ってしまったと思ったのに。
その顔からすごく心配してくれてたのがわかって、悪いことしたなと思うと同時に、少し嬉しくなる。
思わず顔が緩むのを抑えられなくて、ちょっとだけ笑ってしまった。




「なぁ、ヨウラン。今日暇?」
「はぁー?お前も実家に帰るんだろ?」
「その前にちょっと付き合わない?」
「どこに?」
「墓参り!」




金木犀の似合うあの人に、今年の花を届けてあげたい。
そのとき隣にいるのはヨウランがいい。
ヨウランが一緒に居てくれたら、きっと俺も笑ってられる気がする。
ラスティさんが見せてくれたような笑顔を、俺も出来る気がする。
そうしてこの手のひらから、薫り立つ祝福を送るんだ。
あの人はきっと、ありがとなヴィーノって言って、笑いながら還って来るよ。
この花が咲き続ける限り、俺はそう信じてる。
だから迷子にならないように、花導を付けてあげよう。


ねぇ?
あなたの花は、変わらずここにあるよ。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】


雨に濡れてる金木犀の花を見て
唐突に、ヴィーノとラスティのお話を書きたくなってしまいました。
二人の間に、こんな出会いがあったらいいなと。
ヴィーノとヨウランは相当捏造だと思いますが、生暖かく見ていただければ嬉しいです。




2005.10.26