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嬉しいって、こういうことを言うのかもしれない。
C-lover
慌しい午前のメニューがひと通り終わった昼下がり。 + + + + + 「イザーク、イザーク、どうしましょうか?」 「貴様の好きにしろ。」 「それじゃ意味がないですよ。あ、銀細工の雑貨屋さんがありますよ!イザークお好きですよね?」 「あ、ああ…」 「行きましょう!」 軍服から私服に着替えて、街をとりあえずぶらつく。 見慣れない私服のニコルは、やはり年相応に見える。 はしゃいでる姿は、普段の様子からは想像も出来ない。 ラスティにすっかりペースを乱されたものの、 妙に嬉しそうに笑ってるのを見ると、これも悪くはないかとそう思う。 目新しいそんな姿に、俺としたことが半分見惚れるように眺めてしまっていた。 振り向きかけたニコルに、慌てて手元の銀細工に目を移す。 「何か良いのありました?」 「っ!?いきなり後ろに立つな!」 「あ、ごめんなさい。わぁ、それ綺麗ですね」 ニコルの感嘆の声に、あらためて手元を見直す。 適当に手に取ったブレスレットだったが、確かに細工は凝っていた。 銀の四つ葉のクローバーがいくつも連なって、華奢だけど存在感がある。 しばらく見ていたが、元の場所に戻す。 惹かれていたが…今はなんとなく買う気になれなかった。 「いいんですか?」 「ああ。…で、次はどうする。」 「そうですね…時間もちょうどいいですし、お茶にしませんか?」 「お茶…だと?」 妙に恋人同士のような響きを持つそれに、思わず顔をしかめた。 …確かにニコルには他の奴らとは違う感情はあるが、そういうあからさまな関係というのにも抵抗がある。 ラスティとミゲルを見てるせいかもしれないが。 そんな俺の感情に気付いてか、ニコルが苦笑して首をかしげた。 「誕生日なんですから、ケーキぐらいはって思ったんですよ。」 「…まぁ、それくらいは付き合ってやっても良い。」 「ありがとうございます。美味しいところ知ってるんです。」 ニコルに案内されるまま、角をいくつか曲がると、カントリー風の建物の立ち並ぶ道に出た。 瀟洒な白い洋館風のカフェに入って、出窓の側の席に座る。 特に店の名前に気にも留めずに入ってきて、渡されたメニューを広げて…驚いた。 ここは… 「ここのブルーベリータルトがお好きだって聞いたんです。」 「…ラスティに?」 「ええ。甘いものがそんなに得意じゃないイザークも、ここのなら大丈夫なんだって。」 「とことんお節介だな、アイツも。」 「でも今日こうしていられるのはラスティのおかげですよ。僕は感謝してます。」 「そんなことくらいわかってる。」 「そうですね。」 ラスティがうちに遊びに来るたび、持ってきたブルーベリータルト。 俺が昔、腹をこわすほど食べたことを覚えていたんだろう。 …外さないな、アイツも。 「わぁ!ホントに美味しいですね、これ!」 「…まあな」 「僕、こんなに美味しいの初めて食べました」 ニコルがそう言って、嬉しそうにフォークを突き立てる。 久しぶりに食べるブルーベリータルトが、妙に美味く感じた。 「あ、イザーク、これ。」 「?何だ?」 ニコルが俺に渡した、掌に収まるくらいの小さい紙袋。 開けて見ると、さっき俺が見ていた銀のブレスレット。 あの、四つ葉のクローバーの… バカみたいに呆けている俺から、それを受け取ると、器用に俺の左手首にはめた。 「お誕生日おめでとうございます。」 「………ありがとう…」 「イザークによく似合います。…あなたが幸せになりますように。」 微笑んだニコルの顔を、それ以上見ていられなかった。 ずっと何か話をしていた気もするが、どこか夢のように聞いていた。 「すっかり遅くなりましたね。」 「…そうだな。」 「楽しかったです。」 「ああ」 「あ…イザーク、ごめんなさい、もう一軒!楽譜見てもいいですか?」 「ああ…」 ニコルが指差した先には大きな音楽用品店があって、ガラス張りの店内にはピアノやらヴァイオリンやらも見えた。 ニコルが楽譜を見ている間、俺もぐるっと店内を見て回る。 店の中央に何台かピアノが並んでいて、自由に触ることが出来る。 その中で一台、とても綺麗なグランドピアノが目を惹いた。 好奇心で開けて、ひとつ鍵盤を叩くと、ポーンと澄んだ音がした。 「さすが目が高いですね、イザークは。ベーゼンドルファに目をつけるなんて。」 いつの間にか隣に来ていたニコルが、ニコニコ笑いながらそう言った。 俺の横をすり抜けて、優雅に椅子に座ると、指が鍵盤の上を滑るように動き出した。 初めてニコルの演奏を間近に聴いた。 ピアノも良いのだろうが、澱みない澄んだ音が奏でる旋律は今までに聞いたことがないほど透明で綺麗だった。 しかもこの曲って 「あら、ハッピーバースディの変奏曲かしら。綺麗ね。」 「ホント、これ、模範演奏なのかしら。素敵ね。」 「パパーママー、聴いていってもいい?」 店にいた人間が、一人、また一人、ニコルの演奏に耳を傾ける。 …ものすごい贅沢をしてるのかもしれない。 綿菓子のような髪の間から見える、ニコルの横顔を眺めながらそんなことを思った。 真剣な瞳は、またニコルの違う一面を匂わせて。 好奇心を刺激する。 ニコルがピアノに向かったまま、徐に口を開いた。 「イザーク、知ってますか?」 「何をだ?」 「クローバーってどう書くか」 「…?c-l-o-v-e-r…じゃないのか?」 掌にスペリングしながら聞き返した俺に、ちょっと首をかしげて。 最後の音をポン、と鳴らして体を反転させたニコルが満面の笑みを浮かべた。 「Loverって、入ってるんですよ。」 店中に鳴り響く拍手の中、はっきりとそう耳に届いた。
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