誰に聞かれても絶対にこの人だと言える、今プラントで一番のピアニストのコンサート。


短いし、気に入ってもらえる自信があった。


けれど


彼は始まってまもなく、僕の隣で安らかな寝息を立てて眠っていた。


 

 

From 11.18

 

 

手を伸ばすきっかけをずっと探し続けていた。


彼は戦場にいてもなお凛として、ただひたすらに前を向いて進む。
あの強さと美しさに魅せられているのは、きっと僕だけじゃない。
誰にも取られたくないのに、そんな想いを本人は全く知らないでいて
僕がきっかけを探しているうちに逃げてしまうんだ。
そうして僕は未だに彼から一番遠いところに佇んだまま、好きだと告げることも出来ずにいた。


8月8日がイザークの誕生日だと知ったのは、ついこの間のこと。
三ヶ月も経った今になってそれと知っても、祝辞を述べるには時が経ちすぎている。
そうして彼は、また遠くなって、僕より先を歩いている。
…溜息が重かった。
誰も何も教えてくれなかった。他人にとってはそんなことどうでも良かったのかもしれない。
ただ、幼馴染みのラスティとディアッカがお祝いをしてあげたのだと聞いた。
強い羨望と、嫉妬と、後悔とが入り混じって心を締め付ける。




「ニコル、真ん中バースディって知ってる?」




ラスティが僕にそう尋ねてきたのは、二日ほど前のことだった。
ニコニコ笑いながら話しかけてくる彼は、優しくて明るくて誰にでも愛されてる。
そのままの自分で、息をするように簡単にイザークの隣にいられる存在。
同期。幼馴染み。僕の親友。
とても大好きだけど、ときどき羨ましく憎らしく思うことも否定できなかった。
ぎこちない笑みを浮かべて、首をかしげて見せる。




「いいえ…」
「二人の誕生日から数えて、ちょうど真ん中の日に二人でお祝いすんの。」
「そういうのがあるんですか。」
「でね、イザークとニコルは今月の18日と19日のちょうど真ん中なんだ。」
「え?」
「まだ、間に合うっしょ。…一緒に過ごしたら?」
「ラス、ティ」




緩く笑ったその瞳は、何もかもお見通しだよ、とでも言っているようだった。
見透かされていたことに思わず赤面して、戸惑ってしまったけれど
ふわふわと僕の頭を撫でるラスティに、心の緊張が緩んでいくのを感じる。
親友に嫉妬してしまった自分に後ろめたさを感じなかったわけじゃない。
こんなに優しい彼を憎らしく思ったことに罪悪感も感じてる。
けれど


もう遠ざかってしまったと思ってた、イザークを捕まえるきっかけ
思わぬ形で手の中に舞い込んできた小さなチャンス。
迷っている暇はない。
細くアーチを描く空色の瞳が強く僕の背中を押す。
僕に必要なのは、きっとそういう小さなきっかけ。
この風に乗って高く飛び上がらなくては、もう二度と近づけないかもしれない。




「二人の真ん中はほんの一瞬だからね。絶対に逃しちゃだめだよ。」




ラスティの深い蒼が僕の目に真っ直ぐ言い置く。
その言葉が呪文のように体に浸透していく。
僕はいつになくハッキリと返事をしていた。












そして今日、渋るイザークを宥めすかして、とっておきのチケットなんですともっともらしく誘って。
ちょうど今夜空いているのはイザークだけだったから、色々と言い訳も言いやすかった。
ラスティも後押しをしてくれたおかげか、ようやくうんと言ってもらうことが出来た。
素晴らしいピアニスト。 馴染みやすい選曲。 ミニコンサート。
ずっと聴きたいと思っていて、ようやくチケットが取れた。
完璧だと思ってた。
僕が今用意できる一番のものだったのに
…寝て、しまわれるなんて。




「……フン、悪かったな。」
「いいえ、疲れていたんでしょう。無理に誘ってしまいましたからね。」




憮然とした表情のイザークに、ちょっとムリヤリながらも笑顔をつくって見せた。
…やっぱり、気に入ってもらえなかったのだろうか。
さっきからあまりこちらを見てくれない。
二人とも押し黙ったまま席を立って、赤いじゅうたんを踏んでホールを出る。
僕たちの周りだけ、世界が切り離されたようだった。
周りの人がざわざわと感嘆の声を上げながら出て行くのさえ、遠い。
外に出ると、すうっと冷たい風が肌を切った。




「せっかくですから、お茶でも飲んでから帰りますか?」
「………………」
「イザーク?」
「いや、いい。」




心なしか身を縮めるようにして、イザークがフイッとそっぽを向きながらそう言った。
そんな仕種一つにさえ、少なからず僕は傷ついてしまっていた。
もともと他人に合わせたりするような人ではないと解っている分、拒絶されているようで悲しくて。
その後の言葉を継ぐことが出来なくて、少し俯きがちに溜息を一つついた。




「じゃあ、帰りましょうか。今日は無理言ってごめんなさい。」
「…貴様は」
「はい?」
「…何でもない。寒いな。」
「え、ええ。」




イザークがブルッと腕を組み合わせながら肩を震わせた。
そのとき初めて、何となく違和感を感じた。
確かに、寒くはあったけれど…でも…


俯いてしまったから、暗がりでイザークの顔が定かに見えない。
そっと手を伸ばしてその頬に触れたのは、無意識だった。
僕の手を感じてイザークが素早く身を翻したけれど、もう遅かった。
イザークの頬は、燃えるように熱かった。




「イザーク…あなた!」
「うるさい!何でもない!」
「何でもないことないでしょう、すごい熱じゃないですか!」




なおも何か言おうとするイザークを引っ張って大通りまで来ると、通りかかったタクシーを拾って押し込めた。




「ザフト軍本部宿舎まで。」
「ニコル!」
「すみません、急いでお願いします。」




自分も素早く体を滑り込ませると、扉がバタリと閉まってタクシーが滑らかに滑り出す。
文句を言いかけたイザークを制して、僕のマフラーを外して彼にぐるぐる巻きつける。
コートを脱ぐとイザークをそれで包んで、出来るだけ側に抱き寄せた。




「ニコ…」
「我慢してください。少しは暖かくなるでしょう。」
「…怒ってるのか」
「勘違いしないで下さい。あなたにじゃありません。」




僕は抑えきれないほど、自分自身に腹を立てていた。
軽く触れただけでもハッキリと解るほど、彼の熱は高い。
38℃…いや、39℃はあるだろう。
自分がそれくらいの熱を出した時のことを思って、キリリと歯噛みした。
いつからだったのだろう。
どうして気づけなかったのだろう。
どうしてこんな状態の彼を引っ張り回してしまったのだろう。
悔やんでも今更どうにもならない。
けれど、込み上げる自分自身への怒りはなかなか抑えられなかった。
ほんの少しだけ腕に力を込めて、どうにかやり過ごす。
イザークももう何も言わなかった。








宿舎に着くと、嫌だと言って暴れるイザークを抱き上げて廊下を出来るだけ早く突っ切った。
明らかにその吐息は熱く熱を帯びていて、いつもより呼吸が浅い。
そんな一つ一つのことに堪らなく自責の念が呼び覚まされて、唇を噛み締めた。


イザークの部屋に行くと、ちょうどディアッカは出ている所だった。
けれど構わずロックを解除して部屋に入ると、ベッドにそっとイザークを横たえて、履いていたブーツを脱がせる。
コートとマフラーを外して、服やベルトを少し弛めて楽にさせた。
大分苦しくなってきたのだろう、浅く呼吸をしながらイザークもされるままになっていた。
布団をかけて、部屋を温めて、霧を吹いて湿度を上げる。
引き出しを適当に開けながら薬を探していた僕に、ふとイザークが声をかけた。




「何を…してる」
「薬を探しているんですよ。どこに置いてますか。」
「要らん」
「いらないわけないでしょう。熱が何℃あると思っているんです。」
「要らん、寝ていれば治る。」
「イザーク!どうしてあなたはそう強がるんですか!」
「なんだと…?」
「コーディネーターだって人です。ロボットじゃない。風邪も引くし倒れもする。万能じゃないんです。それが当たり前なんですよ!」
「万能にならなきゃいけない時だってあるだろう!」




ガバッと起き上がって、イザークが怒鳴った。
言い切った後に苦しそうに息を切らして、眉間の皺をいっそう濃くする。
怒りとも悔しさとも取れない色を浮かべた瞳が、僕を真っ直ぐ見つめる。




「…もう戻れ。」




そう言って、布団を深く被ってそっぽを向いてしまった。
…どうして、どうしてこの人はこうなんだろう。
ハリネズミみたいに自分の周りにバリケードを作って、誰も信用しないとでも言うようにじっと殻に閉じこもって。
僕を拒絶して、受け入れてくれない。




「僕じゃだめですか。」




ポツリと涙が零れるように言葉をかけていた。
イザークは身動き一つせずに、布団に包まっている。




「僕じゃあなたの信用には足りませんか…?頼れる存在にはなれませんか?」
「……」
「熱のある時にまで強がらないでください…僕にも、弱いところを見せてください。」
「…貴様だってそうだろう。」
「え?」




相変わらず布団を被ってこちらを見ないまま、イザークが不機嫌そうな声でそう言った。
言葉の意味がわからず先を促すけれど、イザークは口ごもってなかなか言い出してくれない。
仕方なく側に寄って、ベッドの縁に浅く座ると顔を覗きこむようにして声をかける。
常より赤い顔をしたイザークは熱に浮かされてか、どこか焦点の定まらないような目をしていた。




「イザーク、教えてください。どういう意味ですか?」
「貴様だって、俺に何か言いたげな顔をするくせに、本音なんて一切言いやしないだろう。」
「え?」
「どういうつもりだ。」




思いがけない問いかけに、素で驚いてしまった。
他人の感情になんてまるで関心のないイザークにこんな風に聞かれるなんて思っても見なかった。
それほど顔に出していた自覚はない。どちらかと言うと悟られないよう気を遣っていたくらいで…
突然のことに何と言おうかと考えを廻らせる僕の腕を、熱のあるイザークの手が掴む。
じわりと掴まれたところから熱が広がって、ジリジリと僕の心を焼いていく。
鼓動が速くなった。




「…誤魔化そうとしても、無駄だ。」
「そんなつもりありません。」
「嘘をつけ。…貴様だって俺を信用してないんだろう。」
「違う、違います!…そんなことありません。」
「じゃあ何だ。」




イザークの瞳が真っ直ぐ僕を見つめている。
心臓の音が耳に響いて鳴り止まない。
体中に一気に血が駆け巡っていく感覚を覚えた。
弾け飛んでどこかへ行ってしまいそうな理性を引き絞るように、腕を握り締める。




「僕の、本音は…きっとあなたには重過ぎる、から」
「フン、見くびられたものだ。俺はそんなに度量は狭くない。」
「…きっと後悔します。それでも?」
「俺は貴様の上辺だけの言葉なんかもう聞きたくない。」
「…………知りませんよ。」




言うが早いか、僕はそのままイザークに覆い被さるようにしてキスをした。
息がつけないほど深く深く
噛み付くように激しいキスをした。
舌を差し入れて蹂躙させると、乾いた口腔内から熱い吐息が零れだす。
それを潤すようにあちこちを舐めて絡め取った。
深く繋がった唇から、どちらともなくピチャリと水音が漏れる。
僕の肩を押して抵抗をしていたイザークの体から、次第に力が抜ける。
さらに深く舌を捻じ込んで唇を重ねる。
何も聞こえないくらいに、全てがイザークに集中する。
触れ合った場所から伝わる熱が、さらに僕を熱くして夢中にさせる。


唇を離すと、イザークが熱っぽい虚ろな瞳で僕を見ていた。
くらくらするような誘惑に胸を撃ち抜かれるようだった。
その赤味が差した頬だとか、涙に滲んだような瞳を、もう他の誰にも見せたくない。
熱を帯びた荒い吐息も、銀糸のような髪も、全てを、この腕の中に閉じ込めて
離したくない




「あなたが好きです。」
「…ニコ」
「誰にも渡したくない。出来るならその目に誰も映させたくない。」
「…ッ」
「僕の腕の中に閉じ込めて、どこへも行かせたくないと思ってるんですよ、僕は。」




イザークが真っ赤になって、苦しげに息をつきながら僕を見つめる。
その瞳には、明らかな当惑の色が浮かんでる。
…やっぱり困らせてしまった、か。
わかってはいたけれど実際目にするのは少し痛くて、サラリと髪を軽く撫でてから上体を起こすと、ベッドから腰を上げて立ち上がった。




「いきなり、ごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね。」




クルリと背を向けて立ち去りかけたところ、袖を掴まれて引き止められた。
振り向くと、まだ赤い顔をしたままのイザークと目が合う。
いつもよりずっと弱弱しいその姿に、込み上げてくる庇護愛と征服欲。
そんな自分を認めるのが嫌で、僕の袖を掴む手を解こうとして伸ばした手を逆に掴まれる。
と、思いもかけない力で引っ張られ、よろけてベッドの上に倒れこんだ。
慌てて起き上がろうとした僕の体を、熱を持った腕がぎゅっと押さえ込む。




「イザーク?」
「…ッは……貴様のせいで息が上手く出来ない。」
「…ごめんなさい。」
「謝るなッ!ッ…ゲホッ、ゲホッ!!」
「…イザーク?」
「っ、は………ッ!解れ、このバカ!」




そう言ってまた熱い腕が僕を一層強く抱きしめる。
僕の耳もとで彼の唇が、微かに空気を震わせた。






「  う  れ  し  か  っ  た  」






顔に一気に熱が上るのを感じる。
心臓がまたドクドクと燃えるように早鐘を打ち始めた。
倒れたままに投げ出していた腕を、そっとイザークの頭に寄せる。
手の中に銀色の髪が滑り込んで、指先から零れていく。
苦しそうに息をするイザークが、僕の肩口に熱のある顔を押し当てた。
首に吐息がかかり、サラサラの髪が当たってくすぐったい。
胸の中心から込み上げる思いに突き動かされて、そのままギュッと抱きしめた。




「…今日と明日の間が、僕たちの誕生日のちょうど真ん中なんですって。」
「…そう、なのか?」
「ええ、ラスティが教えてくれて…。だから僕、今日あなたを誘ったんです。」
「フッ…あのお節介に、借りを、作るなんて…癪だな。」




微かに笑いながらイザークがそう言った。
僕は腕を弛めて体を少し離すと、彼の視線を絡め取る。
熱っぽい瞳が僕だけを映しているのがくすぐったくて嬉しくて
きっと今僕は堪らなく甘ったるい瞳をして彼を見つめてるに違いない。




「ねぇ、イザーク…僕考えたんですけど、二人の誕生日の真ん中って、お互いがお互いに向ける気持ちのベクトルが、ちょうどぶつかるところって意味になると思いませんか?」
「そう、なる、のか…?」
「僕の解釈ですけど。二人の気持ちがちょうど出逢ったり、つり合ったりするところ、って気がして。だからそんな日に一緒にいられるっていうのはとても素敵なことだと思ったんです。」
「そ、うだな。」
「僕たちの場合は、本当にほんの一瞬ですけどね。」
「ほんの一瞬の奇跡なんだろう。」




イザークがぼんやりと焦点の定まらないような瞳で、けれど妙にハッキリとそう言った。
いつもの彼からは想像もつかない言葉に一瞬目を丸くしたけれど、その言葉はとても嬉しい響きを持って僕の心を揺らす。
あぁ、彼はこうやって思いがけないタイミングで僕を翻弄して、魅惑して、彼の虜にさせるんだ。
溢れるような愛しさに、手を伸ばしてサラサラと髪を梳いて瞳を覗き込む。




「…可愛いことを言ってくれますね。」
「熱で意識がハッキリしない。」
「残念。僕はこのうわ言を最後に死んでも構わないというのに。」
「ふ、はッ…バカを言うな。」
「大分苦しそうですね…もう喋らないで。休んでください。」
「…ニコ、ル……」
「何ですか?」
「日付、が」
「え、あ…」




促されて見た時計は、もう23時55分を回ったところ。
それが何を意味するかなんて、聞かなくてもわかってる。
怒ったような照れたような、どこか強請るような瞳に優しく微笑みかけて
前髪をかき上げて額にキスをする。
まぶたにも、鼻先にも。
くすぐったそうに身を捩るイザークをそっと抱き締めて、頬にもキスを落とす。




「今度は、あなたからも応えてください。」




恥ずかしそうにしながらも頷いたイザークに、抑えきれないほどの愛おしさを感じる。
長い睫毛がゆっくりと伏せられるのを薄目に見ながら、僕もゆっくりと目を閉じて
温かな腕、熱い吐息、ほのかに香るシャンプーの匂い、細く柔らかな髪、余りある熱を宿した身体。
持てる感覚全部でイザークの存在を感じる。
唇に柔らかく弾力のあるイザークのそれを感じると、ゆっくりとキスを深くしていく。
イザークの腕が僕の背中を掻き抱き、唇がうっすらと開いて僕を迎え入れる。
差し入れた舌の先にイザークのそれが触れて、ビクッと痺れたように離れた。
口を少し大きめに開けて空気を送り込みながら、逃げた赤い舌を追いかけて口腔を掻き回す。
そのたびに思いの外弾力のある唇が、しっとりと僕の唇を受け止める。
熱い息が絡み合って、何もかもが塗りつぶされて、意識がすべてイザークに向かっていく。


時計の針がカチリと動く音が聞こえた。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】


イザークとニコルの真ん中バースディ。
イザークがメロメロだったりニコルが余裕ぶっこきだったり色々すみません(笑)。
個人的にちょっと弁九テイスト入ってしまった感が否めないかなぁ。トホホ;;
本作品は葉月の敬愛するサイトの管理人様に捧げさせていただきます。
タイトルから推し量っていただけますでしょうか。お誕生日おめでとうございますvv




2005.11.18