「あれ?ラスティ!早いね。」
「おっす、ラスティ!」
「あ、おはよう、マシュー、オロール!」


「よう、ラスティ。おはよう。」
「おはよう、ミゲル………先輩」

 

 

おやつ日和

 

 

俺が最後に小さく、先輩をつけたのを聞き取って、ミゲル先輩が盛大に溜息をついた。
隣のオロールとマシューも顔を見合わせて困ったように笑った。
かるく二歩はある間合いを一歩で詰めて、ミゲル先輩が俺の前に立ち塞がる。
その表情は明らかに不満に満ち満ちていた。




「お前まだ先輩なんて呼んでんのかよ。ミゲルでいいって言ったろ」
「ごっごめんなさい。」
「何かしこまってんだよ。そういうの無しで行こうぜ?」
「ハイ、いや、うん。」
「脅すなってミゲルー。」
「脅してなんかねぇよ。人聞き悪いな。だいたい何でオロール達のことは呼び捨てに出来て、俺は出来ないんだ?」
「あ、あの、その…おっ俺、イザークたち起こすんで、失礼します!!」
「あ、おいラスティ!!」




踵を返して一目散に走って逃げた。
何で呼び捨てに出来ないのか、なんて、俺のほうが知りたい。
何で俺、ミゲル先輩のことだけ呼び捨てに出来ないんだろう…!




「あーあ、逃げちゃった。後輩苛めんのも大概にしとけよ。」
「苛めてねぇよ。アイツが勝手に逃げただけだ。ったく何なんだよ。」
「ミゲルはラスティに先輩付けで呼ばれたくないだけなのにね。」
「…あんだよマシュー。何か言いたいのか。」
「何にも。」









*   *   *    *    *   *










「イザーク!!ディアッカー!!」
「んー…?ラスティか?何、もう朝ぁ…?」
「わーんディアッカぁぁー!!」
「ぐえっ!!」




半泣きでイザークたちの部屋に飛び込むと、そのままディアッカのベッドにダイブした。
ヒキガエルが潰れたような声を出して、ディアッカが呻いた。
ディアッカは丈夫だから気にしない。
だって俺の事情の方が切実!!




「苦しい…から降りろ…!死ぬ死ぬ!お前…俺の腹つぶす気か!」
「うえーぇぇぇ…!ディアッカぁぁ」
「ちょっと待てよ…おい、イザーク、起きろよ。」
「…煩い。」
「イザーク!イザークも聞いてよ!もう俺自分がヤダ…っ!」
「ラス…ティ…?朝っぱらから騒々しい…。…何だ…」
「言いながら寝るな!起きろ!起きて…!!ふぇっ、えっく、えっく」
「…泣きながら起こすな。…解った、起きて聞いてやるから、布団を放せ。鼻水つけるんじゃない。」




もそもそと不機嫌顔で起き上がったイザークは、枕を背もたれに半身を起こして座った。
ディアッカはティッシュを出して、俺の鼻をかませる。
ズビズビ鼻を啜りながら、俺はさっきのことを手短に話す。
ディアッカとイザークが顔を見合わせて、大きく溜息をついた。




「…お前がミゲルのことをミゲルと呼べばすむことだろう。」
「呼べないから困ってるんだよ。」
「何で呼べないんだろうな。お前って人一倍、人懐こいのにな。慇懃無礼に一番縁遠いやつだろ?」
「そうだけど…わかんない。言えないんだ。」
「ミゲルのことが嫌いなのか?」




嫌い…?
違う。そうじゃない…
むしろ俺は…俺は…?
それきり、黙ってしまった俺を見て、ディアッカが頭をポンポンとたたく。
イザークは俺の額をパシンと弾くと、シャワールームに行ってしまった。




「ま、そのうち呼べるようになるんじゃないの」




あっけらかんと言ったディアッカの言葉が、優しい響きを持って俺の心に沁みた。














それから数日後、クルーゼ隊のメンバーに三日間の休暇が言い渡された。
俺は久しぶりに家に戻ることにして、一日目は家族みんなでのんびりと過ごした。
二日目はディアッカやイザークと一緒に出かけた。
昔みたいに遊んで、大好きなケーキを三人で分けて。
いつも会ってる仲間だけど、こうして過ごしてる時はまたそれとは違って
お互い、幼馴染の顔に戻って無邪気に遊んでる。それが嬉しかった。
そして三日目、最後の日は特にすることもなくぶらぶらと散歩をしていた。
ちょっともったいない気もするけど、軍でこうしてのんびり過ごす時間なんてそうそう取れるものじゃないし、案外これが一番贅沢な過ごし方なんだろうな。
どこへ行くというあてもなく、気の向くまま歩いていく。
なんとなく歩いて、歩いて、セントラルパークまで来た時だった。




「ラスティ?」




聞き覚えのある声に思わず振り返れば、日の光を一身に受けたようにキラキラ光る黄金色の髪
軽く走りながら俺のほうに近づいてくる人影
…ミゲル先輩だった。




「え?ミゲル先輩、何でここに?」
「え?あー…その、さっ散歩だよ、散歩!そういうお前はどうなんだよ。」
「あ、ハイ、俺も散歩です。することなくて。」
「そっか…」
「ええ…そうです。」




………………
くっ空気が重い…。
うう、どうしよう。気まずい!
何か、何か話題を…!!
えーとえーと今何時だっけ!
ふと見た手元の時計は10:00の表示。
10:00、10:00に相応しい話題は…




「おやつ!!」
「はっ?」
「ミゲル先輩、腹減ってませんか!俺、美味しいクレープの店知ってるんですよ、この近くで!行きませんか!!」
「え?クレープ?」
「あ、もしかしてミゲル先輩って甘いの好きじゃなかったりしますか?それともこれから何か用事があったりとか?」
「あ、いや何もないけど。」
「じゃ、一緒にどうですか?甘くないのもありますし!ね!ね!」
「あ、ああ。」




半分強引に押し切って、俺はミゲル先輩を引っ張って公園をまっすぐ横切った。
はー、すっげ緊張したぁ…。
何でだろう、ミゲル先輩と一緒だとすごく緊張する。
普通に話してる分にはまだ何とかなるけど、こう二人だけとかってダメだ。
あの目に見つめられると自分が縮んでいくような錯覚を覚える。
何ていうか、全部見透かされそうで怖いのと恥ずかしいのと…
今だって心臓がバクバクいって俺の中で暴走してる。




「ラスティ、ラスティ、そんな急がなくても。それと、手、自分で歩けるから。」
「え!あ、ごめんなさい!!」




何やってんだよ、ああ何かもう俺めちゃくちゃだ。
慌てて掴んだままの手をパッと離すと、ミゲル先輩がハーっと息をついて、そして笑った。
あの日以来、久しぶりに見る笑顔だった。
その笑顔にチクッと胸が痛む。
同時に心が小さく跳ね上がって、背筋がビリッとした。




「ホントお前って甘いモンとか好きな。そんな急がなくても逃げないって。」
「え…あ、ハイ。」




そういうつもりじゃなかったんだけど
でも実際、俺の感情を上手く説明する自信がなくて、取りあえず相槌を打った。
ミゲル先輩が俺の頭をグシャグシャッてかき混ぜると、俺を促して歩き出す。
今度はゆっくりと並んで歩いて、でもクレープ屋さんが目前まで来ると思わず二人で走り出した。
成り行きでおやつに誘っちゃったけど、ここのはホントに美味しい
俺は苺のクレープ。アイスクリームの入ってるスペシャルバージョン(大好き!!)
ミゲル先輩はやっぱり甘いのはあんまり好きじゃないらしかった。
お店のおじちゃんと俺で吟味して、シトロンクレープを薦めてみた。
柑橘類がいっぱい入った甘さ控えめさっぱり味。
俺も大好きなクレープだからっていうのはちょっとナイショ。
店内でも食べられるけど、せっかくなのでまた公園へと戻って食べることにした。




「んーいい気持ちだなー。空は青いし風は爽やかだし。」
「うん!クレープ美味しいし。」
「確かに、あんまり甘くなくて美味いな。」
「でしょ!あの店俺のお気に入りなの!これは俺の定番、いちごクレープ。」
「アイスクリーム入りだっけ?甘そうだな。」
「美味しいのに。でも、そのシトロンクレープもすごくオススメ。」
「へぇ、何、お前も好きなやつなの?」
「えへへ…バレた?」
「バレバレだよ。ほら。一口やるよ。」
「えっ!?」




そりゃ、もらえたらいいなーとは思っていたけど、ミゲル先輩の口からそう言われるなんて。
嬉しいけど嬉しいけど…
だって、それってミゲル先輩がさっき口をつけたわけで、それって…その…
間接、キスになるんじゃ…
…って何考えてんだよ、俺!
そんなのディアッカとかイザークとかニコルとかとよくドリンクの回し飲みとかして慣れっこじゃん!
大したこと無いだろ、気軽にありがとうございまーすって言って貰えよ!
気軽に、手を出して…
どっどっちの手を出す…?
こういう時って…どこをかじって一口貰うんだっけ…?
あ、どうしよう、体が動かない…




「どうしたんだよ、いらないのか?」




明らかにミゲル先輩は不審顔。
クレープを差し出しながら、俺の顔を訝しげに覗きこんでくる。
あ、あの…ちょっとそんな見つめられると困るんですけど…!
やばい、やばい、顔が、顔に…熱が上昇してくるのがわかる
耳までジリジリと焦げ付きそうなくらいに、熱い。
思わずパッと顔を反対側に背けて、手でそっとクレープを押し戻した。




「い…いいです。」
「欲しくないのか?俺の食べさしじゃ嫌か?」
「いえ…そういうわけじゃ…ないんですけど」
「…なんだよ、お前。この間から変じゃないか?俺の目も見ないで。俺のことが嫌いなのかよ。」
「ちっ違います!それは絶対違います!!」
「じゃあ何なんだよ。感じ悪いな、はっきり言えよ!」
「ミゲル先輩がカッコイイから緊張して上手く話せないんです!!」




あ、あれ?
何か俺、勢いに任せてすごいこと口走ったような…。
そっとミゲル先輩の方に顔を戻すと、ミゲル先輩は俺に負けないくらい真っ赤な顔をしていた。
何か言いたげに口を開いては、手で口もとを押さえ、天を仰ぐといった動作を繰り返して、俺に向き直った。




「はっ恥ずかしいこと言うな!」
「だって…本当のことだし!」
「じゃ、あれは緊張して挙動不審になってたってわけか。」
「ハイ、そうです。その、多分、呼び捨てに出来ないのも…あの…」
「何だ?」
「俺が、ミゲル先輩に憧れてるから…だと思います…」
「っ…!」
「その、美人なとことか面倒見がいいところだとか、MSの操縦が上手いとことか歌が上手なとことか!あと、あと…」




ミゲル先輩はますます真っ赤になってしまって、クレープを持ったまま両手を組み合わせて、頭を抱えた。
俺だってすごく赤くなってはいたけど、もうこの際だから言っちゃえ、みたいな気分になって気が大きくなってたのかもしれない。
ずっと言えなかったようなことまでベラベラ喋りだしてしまった。




「もういい、もういいから、ラスティ。頼むよ…」
「そういうふうに、俺はミゲル先輩に憧れてます!(もうヤケ)」
「わかったから…ちょっとストップ。マジ…恥ずかしいし。」
「えへへ…すみません。でも俺、言えてすごくスッキリしました。」




俺もちょっと体を屈めて、ミゲル先輩を見て笑った。
ミゲル先輩はまだ赤味の引かない頬を少し緩めて、微笑んだ。
綺麗な綺麗な笑顔だった。
ああ、やっぱりミゲル先輩は美人なのだなと思って、また笑った。




「あーでも良かった。俺マジでお前に嫌われてると思ってた。」
「ごめんなさい。」
「ホント言うと、今日お前の家に殴り込みに行く所だったんだよ。」
「え!?」
「まぁ殴り込みってのは言葉のあやだけどな。何としても先輩付けをやめさせようと思ってさ。」
「…そんなに嫌?先輩付けされるの。」
「…お前にはそんなふうに呼ばれたくないんだよ。」




どういう意味だろう…?




「まぁいい!とにかく!敬語と『先輩』は禁止!先輩命令!!」
「はっ!?何か矛盾してる気が…」
「いいから!呼んでみろよ、ホラ!呼んだらこれ一口やるからよ。」
「えっ!えっとえっと、クックレープ一口欲しい!お願い、ミゲル」






























「…先輩」
「やらない。」
「わーん!欲しい!欲しい!」
「じゃ、言ってみろよ、ミゲルって。」
「ちょうだい、………ミゲル。」
「よし。」




心底嬉しそうに笑ったミゲルがクレープを差し出して、俺は今度こそクレープを貰った。
甘酸っぱいフルーツの香りが口いっぱいに広がって、溶ける。
いつもいつも美味しいと思うクレープだけど、今日は特別美味しかった。




「あ…」
「どうした、ラスティ」
「忘れてた……間接キス」
「えっ?」




二人の間にまた違うドキドキが始まるのも、きっと今日から。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】


「ひかる」よりも後の、ミゲラス進展編。(笑)
あいかわらずラスティ視点はひどく書きにくいです。ミゲル→ラスティ好きの人間なもので。
でも今回はミゲルにドキドキするラスティを書いてみました。
ある方とメッセでお話した時に、この二人はお互いしか見えないバカップルだとの結論が出ましたので。(笑)



2004.03.17