長く暗い迷路の先に見つけた小さな光


けれど暗闇の中に長く居過ぎた俺には


その先に広がる世界に、目を開くことが出来なかった

 

 

05.光の向こう

 

 

夢を見た。
暗く、深い底なし沼に引きずり込まれるような夢。
足が重く、前に出せなくて、もがくたびに体がいっそう深く沈んでいく。
苦しくて、もどかしくて、恐ろしくて
身じろいだ瞬間右肩を襲った刺すような痛みに、意識が引き戻された。
薄く開いた視界の端に、わずかに光るオレンジ色が映る。
ふと見ると、俺のベッドに突っ伏すようにしてラスティが眠っていた。
サラサラの髪が伏せた顔を流れるように覆って、規則正しい寝息に微かにシーツが沈む。
状況が把握できない。何で俺は眠ってて、ラスティがここにいる…?
確か俺は、訓練をしていて…
右肩が痛むのはどうして……?




「ん…?あ…ミゲル、気がついた?」
「ラスティ…俺…?」
「覚えてないの?訓練でアスランとナイフ戦やって、怪我したんだよ。ここは医務室。」
「ああ、そうか…」
「右肩、一応手当てしたんだけど痛む?」
「ちょっとな。大したこと無いよ。訓練抜けさせたか?ごめんな。戻っていいぜ。」
「大丈夫だよ。痛み止め飲んで。あ、包帯替えようか、ちょっと見せて」
「いいから」




傷を見ようとしたラスティの手を押し戻して、顔を背けた。
ベッドサイドのテーブルの水と薬を、ラスティより早く手を伸ばして取る。
ぐっと痛み止めを流し込んで、音を立ててコップを置いた。
ラスティの視線を身に刺さるように感じる。
きっと怪訝な顔をしてることだろう。でも見ることは出来ない。
ゆっくりと手を戻したラスティが、ためらいがちに口を開いた。




「…最近どうかした?ちょっとボーッとしてる時とか多いよ?今日だって…そんな怪我するなんてミゲルらしくない」
「…そうか?」
「そうだよ。何かあったの?俺でよかったら話聞くよ。」
「何でもないよ、悪いな、ちょっと気が抜けてたみたいだ。ったく俺もまだまだだね〜」




ふざけておどけて見せても、ラスティの疑念の視線は変わらない。
でも、頼むから今は関わらないで欲しい。
これ以上追求しないでくれよ。
そんなこと、お人好しのお前には無理な注文だとはわかってるけれど




「ミゲル、あの…」
「悪い、ラスティ。ちょっとだるいから寝かせてくれ。」




これ以上の関わりを断ち切るように言い放って、ベッドにもぐって強引に目を閉じた。
実際、痛み止めが効いて眠りが近かったのもあるのだけれど
それだけじゃないことを俺は自覚してる。
クッと息を詰めて立ち竦んだラスティが、ゆっくり俺の側を離れていくのを気配で感じていた。
再び霞みかけた意識の中で、ラスティの泣き声を聞いた気がした。








クルーゼ隊に配属されて、どれくらい経ったのだろう。
その間に、少しずつ自分が変わっていっていることに俺は気づいてる。
俺はもう、平和だけを願って戦うことを志した少年ではない。
いつしか、まるで闘鶏のように闘うことを糧に生きるようになってしまった。
浅ましく澱んで熾のように煌々と燻る、闘いへの欲望
黒々と心に渦を巻いて消えることのない醜い感情
守りたい、ではなく、倒したいに変わった闘いの意義
苛立ち、矛盾を感じ、でも自分ではどうすることも出来ない。
もう、俺は戻ることの出来ないところまで来てしまったのだと半ば諦めた頃、ラスティに出会った。


ラスティは、クルーゼ隊の赤服隊員の一人で
入隊当時は、子供のように無邪気で童顔で、とても純粋な瞳を持った奴だった。
そしてそれは今も変わらない。
戦場という現実を知った今でも、夢を見るように一途にただ平和を願って生きている。
そんなラスティがとても好きだけれど、その姿は時として俺を苦しめる。
俺はラスティに対して、きっと後輩以上の感情を抱いてる。
本当は近づきたい、側にいたいと思ってる、…でも
あんな風に戻りたいと思う心とは裏腹に、決して戻れないのだとわかってしまっているから
アイツを見てるとそんな自分が途轍もなく醜く歪んで見えるから
こうしてアイツを遠ざけることでしか、俺は自分の心を守れない。
そんな弱ささえもとても嫌でたまらなかった。




浮上した意識に伴って、ゆっくりと瞼を押し上げる。
時計を見ると、あれから一時間ほど経っていたようだ。
頬を伝っていた雫を払って、俺は静かに起き上がった。
痛み止めのおかげで、肩はほとんど痛まない。
訓練も終わっているだろうし、隊長に報告してから部屋に戻るか。
それから、ラスティに謝らないと…。
…傷つけちまったから、きっと。
まずはそっちから先に済ませてしまうか。
シュッとドアを開けて通路に出た瞬間、足が止まった。
そこに、通路の壁に背中を預けて、昏々と眠りこむラスティがいた。




「ラ…ラスティ…?おい、ラスティ、こんなとこで何してるんだよ。おい」
「う…ん?っ!ミゲル…!あっ…!俺寝ちゃって…!」
「お前、ずっとここにいたのか?」




ラスティが小さく頷いた。
膝を抱えてうずくまってるラスティはひどく小さく見えた。
見れば、目も鼻も真っ赤で、眠る前にすすり泣くような声が聞こえたのを思い出した。
俺のせいだと思うと、胸が痛んで、その顔をまともに見ることが出来ない。




「訓練はもう終わったのか?」
「うん。終わった…。」
「そっか。とりあえず、入れよ。」




踵を返して医務室に戻ろうとした俺の袖を、後ろから引っ張られた。
振り返ると、うずくまったまま両手で俺の袖を固く握りしめてるラスティと目が合った。
赤く泣きはらした瞳の中で、澄み切った真摯な青が光る。




「ミゲル…が好きなんだ。」
「ラスティ?」
「ミゲルの側にいたいんだ…!」




搾り出すような告白はどんな言葉よりもまっすぐ俺の心を叩いた。
それはまるで暗闇に一気に光が差し込んだようで、俺は眩しさに思わず目を細める。
光が、俺の闇を強引にこじ開ける。
飛び込んでくる。


ずっと恐れていたはずのそれに、なぜか恐怖は感じなくて
どうしようなんて考えてる暇も与えないくらいに、俺の体は正直で
頭で悩むよりも考えるよりも先に、体が心を映し出した。
手が、光を引き寄せる。
俺よりいくらか小さいラスティを、出来る限りの力で抱きしめた。
俺の右肩を気づかって、ラスティが左側に体を寄せる。
痛みなんて感じないよ。
俺が傷つけたお前の心のほうがきっと痛い。




「…傷つけてごめんな。」




ラスティが首を振って、俺の腕の中でオレンジの髪が揺れる。
臆病な俺の代わりに飛び込んできてくれたお前に、精一杯、俺も誠意を見せよう。
暗闇に囚われて光を恐れた俺に、もう一度、希望を照らしてくれた、お前に。




「俺もお前が好きだ。」




顔を上げたラスティが、泣きはらした瞳を緩く撓ませて微笑んだ。
それは世界で一番、綺麗な笑顔だった。

 

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【反省と言うよりむしろ言い訳】



なんて言い訳したらいいのかもわかりません。何だこれ。
1〜4までが付き合ってる編なのに、いまさら告白編に戻って混乱した方もいらっしゃいますよね。すみません;
こんなはずじゃなかったんですけど、おかしいな。
ミゲルスキーさんにシバかれそうなヘタレミゲルですけど、私はミゲルはこういう弱さを持っているから
より一層カッコイイのだと思うわけで
そこに愛は確実に存在するのです。…だから石投げないでくださいね…?




2004.03.26