それは生きていくために必要なもの

 

 

大気に溶ける銀狼・5

 

 

ねぼすけのあたしが、目覚ましが鳴るよりも早く目を覚ました。
昨夜泣いたせいで瞼は重いけど、冷やしたかいあってすっかり腫れはひいていた。

パジャマを脱いで制服に袖を通す。
顔を洗ってご飯食べて歯を丁寧に磨いて
鏡の中の自分にとびっきりの笑顔を作ってみせる。
にいっぱい勇気をもらったから、今日は前だけ向いて歩くと決めた。
ここまで来たらうじうじ悩むのは性に合わない。
当たって砕けろって言うじゃない!(ああでも出来れば砕けたくない)
背筋をピンと伸ばしてローファーに足を突っ込んだ。

「行ってきます!」
「あら、今日はずいぶん早いのね?」
「寄るところがあるの!」

ママに笑顔で手を振って走り出した。
いつもの道とは反対方向へ。
サエの、家へ。

 

 

通いなれた道、見慣れた景色が視界の端を駆け抜けていく。
風に揺れる木の枝が、あたしの背中を後押ししてくれる。
あたしは一刻も早くサエに会うために全力で走った。

昨日あれからサエに想いを打ち明けようと思えば出来ないことはなかった。
メールもある。電話もある。いくらでも伝達手段はあった。
でもダメなんだ。
あたしがサエの目を見て、自分の口で言わなければ意味がないんだ。
そうじゃなきゃサエの心までは決して届かない。

 

 

重厚な佇まいのサエの家。
走った勢いのまま、ベルを鳴らす。
この勢いを借りなきゃ初めの一歩が踏み出せないなんて情けないけど。
走り疲れて切れた息を整えようとした時、ドアが開いた。
出て来たのはサエだった。

?」
「えへへ…おはよぉ…」
「おはよう。…どうしたの?しかもそんなに息切らして…」
「話したいことがあったから。一緒に学校行こう。」
「いいよ。ちょっと待ってて。」

 

いったん家の中に戻ったサエが、しばらくしてカバンを持って出て来た。
肩をならべていつものように歩く。
いつもの道を、サエと一緒に。
ただ一ついつもと違うのは不自然なくらいあたしたちの間に会話がないことだった。
何度も口を開きかけたけれど
いざ話すとなると、何から切り出していいのかわからなくてあたしは押し黙ってしまう。
伝えたいことは沢山あるのに上手くまとまらない。
どう話したらいいんだろう。
あーあたしのバカ。昨日のうちに考えておけばよかったのに!

 

 

、そのまま歩くと電信柱にぶつかるよ。」
「えっ!?うわっ!あっありがとう…」

ボーっとしながら歩いてたから全然気づかなかった。
よほどおかしかったのか、サエは横で声を上げて笑った。
……穴があったら入りたい。
この雰囲気からどうやって告白に持っていったらいいんだ。
ぐるぐる悩みだしたあたしの隣で、サエはひとしきり笑って、それからあたしの頭をポンポンと叩いた。

 

「一緒にまとめようって言ったじゃん。何悩んでるのかわかんないけど、ぐちゃぐちゃでもいいから話してごらんよ。」

 

見上げると、いつもの笑顔にぶつかった。
ああ、そうだね。
あたしたちの仲はそうだったよね。
きっとあたしのこのぐちゃぐちゃでいっぱいいっぱいの想いも一緒にまとめてくれるよね。
引導を渡してくれるよね。
その一言でずいぶん気が楽になった。
あたしはサエの大きな手をそっととった。

 

 

 

「サエはあたしにとって空気みたいな人だね。」

 

いつも側にいてくれて、とても大切で。
一緒にいることが当たり前だったから、あたしはずっとその大切さに気づけなかったの。
つまらない意地を張って好きじゃないと思い込んでた。
友達だと言い張ってきた。
でも結局はサエのことばかり気にかけてた。

 

「あたしだけのものじゃないことも、捕まえることが出来ない不確かさもよくわかってる。だけど…」

 

想いを告げることで何かが壊れることを恐れた。
友達としてですら側にいられなくなることを思うと足がすくんだ。
だけどあたしは…

 

「あたしはこの手がないと生きていけない。」

 

サエの瞳が大きく見開かれた。
頭のいいサエは、それだけであたしの言いたいことを全て汲み取ってくれたようだった。
何かを言おうとして口を開き、戸惑ったようにつぐむ。
微かに逸らした瞳に当惑の色が浮かぶ。

 

 

長い沈黙が流れて
……それが答えなのだと理解した。
不思議と涙は出てこなかった。
悲しくはあったけれど、あたしはサエとの友情を続けていく自信もあったから。
サエの手をそっと放した。

 

 

 

 

…つもりだった

 

 

 

 

一瞬何が起きたかわからなくて、気づいた時には目の前が真っ暗になっていた。
サエに抱きしめられているのだと理解したのは、それからたっぷり数十秒後だった。
びっくりしたのとわけがわからないのと嬉しいのとであたしの頭はパンク寸前だ。
サエの体温が伝わってひどく温かかった。
心臓がバクバクいって治まらない。

 

が俺を捕まえられないのなら、俺がを包み込めばいい。」
「え…?」
「そうしたらが捕まえてなくたってずっと側にいるよ。」

 

 

あたしは道路の真ん中で夢を見てるんじゃないだろうか。
だとしたら恥ずかしい、早く起きなくちゃ。
伸ばした手でほっぺたを力いっぱい引っぱった。
でも、夢は覚めない。
サエの腕も、頬の痛みも、この温かさも、全て現実だった。

 

「でも空気はいつなくなっちゃうかわからないから…それだけじゃ不安」

 

我ながらわがままを言ったと思う。
でも頭が混乱していてそれしか言えなかったんだ。
困らせるかな。
幻滅されるかな。
でも意に反してサエは動じた様子もなく、ふっと表情をくずして微笑んだ。

 

「じゃあ、一緒に空気に溶ければいいよ。」

 

サエの綺麗な顔が近づいて、唇が重なる。
サエの唇は、手よりも腕よりもずっと熱かった。
ギュッとしがみついたら、もっと強い力で抱きしめ返してくれた。

 

が好きだ。」

 

堪えきれず、涙がこぼれた。
サエはまるであやすように、それでもあたしの手は放さずに抱きしめてくれた。
あたしは顔を上げて、サエに笑顔を作って見せた。
ぐしゃぐしゃだったけど、きっと鏡に見せた時よりも自然に笑えた気がした。

 

 

「あたしもサエが大好きだよ」

 

…end




【反省と言うよりむしろ言い訳】


終わった…。
もうそれしか言えません。(笑)
次からはもっと計画性のある連載を考えることにします。
でも、書いていてとても楽しめました。
『空気』の性質と絡めた構成はずっと使いたかったので、消化できて嬉しいですし。
まあサエさんは今後要研究と言うことで!(苦笑)
ここまで読んでくださってありがとうございましたvv


2003.12.11