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バレンタインに心躍らせていたのは昔の話。
チョコレートに託す思いも今じゃだいぶ変わってまいりました。
宣戦布告
ざわざわ、そわそわ、どきどき。
バレンタインデー・イブの今日はどこか教室の雰囲気もおかしい。
甘ったるいお菓子の匂い。
はしゃぐ女の子の楽しそうな声。
そんな光景を余所に、あたしは自分の席で新聞を広げた。
今日の金曜ロードショーはなんだっけ。
何か面白いニュースはないのかな。
新聞って暗いニュースばっかり目に付くんだよなぁ。
パラパラと紙面を捲っていく
と、一つの記事に目を留める。
『お菓子業界"ともチョコ"照準』
「なになに?大手お菓子メーカーは中高生が友達同士で贈り合う"ともチョコ"に狙いを定めて、手作りチョコキットなどを売り出し―…?」
…うーん、なかなか目の付け所がいいね。
さすが大手。金持ちA様。
「?なに朝から新聞なんて読んでるのよ?」
頭上がかげって暢気な声がかかる。
別にいつどこで何を読んだってあたしの勝手じゃないかと思うけど、とりあえず顔を上げて笑ってみせる。
あたしの机を取り囲むように、クラスメイトでそこそこ仲のいい三人の女の子が立ってる。
みればどの子も手に色とりどりのリボンのかかった包みを持っていた。
「おはよう、どうかした?」
「今日バレンタインでしょ。ハイこれ、ブラウニー。あたしが作ったの。」
「あたしもあげるーvvクッキー。のために作ったのvv」
「私のはロールケーキ。早めに食べてね?」
「ありがと。ホワイトデーには何か持ってくるわ。」
「チョコ作んなかったの?」
「あたし興味ないし。」
「そんなこと言っちゃって、女の子なのにー!ま、らしいけどね。」
ほっといてくれ。
別にバレンタインにチョコ作んなかったからって罪になる訳じゃなし。
あげたい相手なんていやしないんだから作る理由もない。
まあわざわざケンカ売るような真似する理由もないから、笑顔でスルーしてもらっといた。
三人はまた"ともチョコ"を配りに教室のあちこちへと散っていった。
そう、今じゃバレンタインも様変わり。
チョコレートは男の子にあげる物ではなく、友人同士で贈り合う物。
あげるチョコレートはもちろん手作り。
しかも近頃じゃチョコレートとはかけ離れたケーキやクッキーを作って贈り合うのがトレンディになった。
一見微笑ましいこのイベント、内側じゃ女の意地の張り合いで
そのプレゼントは『あたしこんなの作れるのよ』と相手に知らしめるための武器となる。
いわば牽制のしあいなのだ。
あたしは早く食べろと念を押されたロールケーキのラッピングを解く。
おーおー、こんな手の込んだもの作っちゃって
『女らしいでしょ?』って訴えられてんのかしら。
まったく、バカバカしいイベントだ。
今じゃ男の子がチョコをもらうなんて夢のような話。
下駄箱からチョコが雪崩のように落ちてくる、なんて漫画だけの話だ。
「キャー!佐伯くん!おはよう!!」
「佐伯くん、あたしのチョコもらって!!」
「私のも私のも!!」
…いや、ここに例外も一人。
私の斜め前の席の御仁。
漫画のヒーローを絵に描いたような男、佐伯虎次郎。
「おはよう、」
「…おはよう佐伯。」
「今日も低気圧だね。」
「あんたはムダに爽やかね。」
「あ、新聞、今日の?金ロー何?」
「…つーか後ろの子達は無視かよ。チョコレート持って待ってるよ。」
「え?ああ、ごめん。」
佐伯が笑顔で振り向けば、不機嫌顔であたしを睨んでた子もクルリと一転、ヨソユキ顔に。
おーおー、女ってのは恐ろしいね。
って、あたしも女だけどさ。
しかしまぁ大勢さんいらっしゃって。
綺麗な子から可愛い系までみんなチョコらしきものを手に佐伯をひたと見つめてる。
って言うか佐伯のどこがそんなにいいんだろう。
確かに顔はカッコイイ系だけどさ、なんていうか電波系?(失礼)
不思議な所があるヤツだよね。あたしはぶっちゃけちょっと苦手。
女の子の一人がちょっと前に出て、両手でチョコの箱を抱えて上目遣いで佐伯を見上げる。
普通に見れば、バレンタインに相応しい乙女チックな光景。
それを、恋には下心があるとはよく言ったもんだなんて思うのは、あたしの心が捻くれてるせいだろうか。
「佐伯くん、あのこれ、私が作ったんだけど…」
「ごめん。今年は本命からしか受け取らないって決めたから。もらえない。」
その子を見て優しく、でもハッキリと佐伯はそう言った。
一瞬で他の女の子たちの顔が曇る。
面と向かって言われた子は相当悲壮な顔をしてる。
へぇ、佐伯って彼女持ちだったんだ、初耳。
そりゃー、彼女からのだけ受け取りたいよね、その気持ちわかる。
それに望みない子に変に期待させるよりはよっぽど優しいやり方じゃないの?
ちょっと見直した。
「本命の子って…誰?」
「この中にはいないってこと?」
「もしかして彼女がいるの?」
「それは言えないけど。ごめん」
なおも食い下がる女の子たち。
でも佐伯はそれ以上は言わなかった。
まぁね、佐伯の彼女ってバレたらいじめとか遭いそうだもんね。
大人しい子とかっぽいし、佐伯も気づかったんだろうな。
諦めて帰る子の中には一年生もいて、友達の隣で涙をこぼしていた。
…泣けるくらい本気だってのは今のご時世珍しいことだよ。
その気持ち大事にするんだよぉ、なんて、ちょっと応援したくなった。
「で?。今日の金ローは?」
「メン・イン・ブラック。つーか佐伯って思ったよりハッキリしてたんだね。」
「何それ?」
「んー、今の対応見ててなんとなくそう思った。」
「冷たいって、思う?」
あたしの机に頬杖ついて、斜め下からあたしを見上げる。
その表情はいつも笑ってる佐伯とは違って、すごくひたむきな目をしてた。
ああ、こんな表情もするんだ。
あんな風に言ったものの、やっぱり気にしてるのかな、あの子たちのこと。
「別に。変に期待させるよりはいいんじゃないの?あたしはちょっと見直したけど。」
「そう?それはありがとう。」
佐伯はそのまま嬉しそうににっこり笑った。
どうも佐伯は掴めないヤツだ。
あたしなんかに見直されたところでどうと言うことはないのだけれど。
まぁなんか嬉しそうだから良いか。
あたしはロールケーキをかじって、また新聞に目を落とした。
「ねえ、が作ったの?それ。」
「んー?違う。よっこに貰った。」
「そ。」
「欲しいの?よっこに言えば?」
「そうじゃないよ。それに本命から以外は貰わないって。」
「ああ、そうだったね。お、明日の天気は良いみたい。」
「へぇ。」
関東全域に晴れマーク。
バレンタイン当日だし、どこもきっとカップルでいっぱいになりそう。
人込みは避けたいけど外出はしたいなー。お日さま浴びなきゃ背も伸びない。
「海行こーかなー」
「明日の話?」
「そう、今の時期なら人いなさそうだし。邪魔されずにゆっくり出来そう。」
一人でボーっと海を見つめてるのは好きだ。
そんな時はあまり騒がしくない方が嬉しい。
時々通る犬の散歩の人だけ。あとはあたしの海の二人きり。
…二人きりとは言わないか。
でもそんな空間が好きだ。
「そっか。」
「うん、そうだ。」
佐伯はそう言うと何か考え込みながら自分の席へと戻っていった。
よくわかんないヤツだ、やっぱり。
明日のデートコースでも考え付いたのかな、海も良いかもって?
まぁあたしには関係のない話だけど。
あたしはまた新聞に向き直った。
結局その日一日、佐伯は休み時間ごとに呼び出されては、告られて断っての繰り返しだった様子。
別に今日日の男の子のチョコレートチェックしてるわけじゃないけど、やたら目に付くのでついつい見てしまう。
それに例の発言で、誰が佐伯の本命なのかと他のみんなも興味津々と言った感じ。
でもあたしが見た限りでは佐伯がチョコレートを貰って戻ってきたことは一度もなかった。
「うー寒ッ!っていうか秋じゃないんだから外掃除ってそんなにすることないし!!」
「ってみんな思ってるから、俺らの班、俺と以外来ないんじゃない?」
「マジでー!?くっそーあたしも帰りたいっつーの!」
フリーだからって暇なわけじゃないのよ!
アンパンマンとか水戸黄門とか色々見たいのがあるのに!!
ムカムカしながらほうきで枯れ草なんかを荒っぽくかき集める。
竹ぼうきがコンクリートの地面に擦れて、ザリザリと耳障りな音を立てる。
佐伯がちょっと呆れたように笑った。
「佐伯もいいよー、帰って。一人で出来るし。彼女待ってるんじゃないの?」
「何それ?彼女なんていないって。」
「え?本命の子のしか貰わないって言ってたからてっきり。」
「そんなんじゃないよ。俺の片思い…かな。こそ、彼氏とかいるんじゃないの?」
「いないよそんなもん。」
「明日、誰にも邪魔されずに海に行くって。」
「一人で行ったら悪いですか。」
「悪くないです。」
佐伯がおかしそうに笑った。
そっかーいないのかーなんて繰り返すからちょっとムカついて竹ぼうきで刺してみた。
「イテッ」
「嬉しそうに言うな。彼氏いなくて悪かったな。」
「別に悪くないって。」
「フン。で?結局もらえたの?」
「ううん、まだ。」
「だってもう放課後だよ。何?外部の子なの?」
「違うよ。」
じゃあ誰なんだと言いかけて口ごもる。
聞いたところでどうすんのよ。あたしには関係ないじゃん。
そもそも何でこんなに気にしてるの?
佐伯がどこの誰を好きでもそれは佐伯の勝手。あたしが干渉することじゃない。
休めていた手を動かして、また枯れ枝を集める。
ちり取り代わりの竹篭に入れようとしたあたしの竹ぼうきを、佐伯が左手で抑えた。
「ずっと待ってるのに、その子は俺に興味ないみたいなんだ。」
下から覗き込むようにあたしの顔を見て佐伯が言った。
思わずあたしは後ろに身を退く。
『ちゃんと聞いてくれ』…という事かしら、これは。
まだ話は続いてたの?
「い…意外。佐伯が頼めば誰だってチョコレート持ってきそうなのに。」
「…じゃあ、は持ってきてくれる?」
あたしと佐伯の間をザァッと風が流れて
集めた枯れ草が流されて散っていく。
でも佐伯の左手に掴まれた竹ぼうきはビクともしない。
枯れ枝が転がるように走っていく。
佐伯の瞳から目が離せない。
「あたしは…バレンタインに興味がないから。」
「じゃあ、俺には?」
佐伯には――――…?
「なくは…ない。でもあるとも言い難い。…わかんないよ、ゴメン。」
「今はそれでいいよ。でもちょっとずつでいいから考えてみてくれない?」
気は長い方だし、なんて言ってまた笑った。
おかしいの、今日はバレンタインなのにあたしが告白されるなんて。
ご丁寧に佐伯はポケットから板チョコを取り出して、ふたつに割った。
あたしの前にひとかけら、差し出される。
「が好きなんですけど。」
おかしいよ
「俺と付き合ってくれませんか。」
ああもうホントおかしい。
バレンタインを根底から覆すようなことしてくれちゃって。
いくら様変わりしたとは言え、こんなことってあるのかな。
どうしよう、笑いが止まんないよ。
「なんで笑ってるんだよ。」
「佐伯がチョコ持って告白するからいけないんだよ。」
「だって俺本気だし。に好きになってもらいたいから、せっかくのイベント逃したくないじゃん?」
「返事はホワイトデーでいいのね?」
「えー?ちょっと遠くない?」
「気が長いんでしょ。」
「じゃ、それまではお試し期間ってことで。側にいさせてよ。」
佐伯の左手がふわっとあたしの手を包み込み、ぎゅっと握りしめる。
一瞬ドキッとしてしまったのは慣れてないからなのか、佐伯だからなのか、まだそれはわからない。
差し出されたチョコレートをそっと唇で受け取った。
佐伯が驚いた顔をして、すぐにくしゃっと微笑った。
この笑顔は悪くない。
とりあえず一ヶ月、考えてみることにしましょうか。
「明日のデートは海でいい?」
まずは二人でバレンタインを過ごしましょう。
…end
【反省と言うよりむしろ言い訳】
最近はホント、好きな男の子にチョコレートって感覚がなくなった気がします。
中高生くらいだとマジチョコじゃクラスで噂になったりして気恥ずかしかったりもするのかな。
最近は女の子同士で贈りあう方がトレンディ。
男の子はちょっと寂しかったりするのかもしれない(笑)。
まぁこんなバレンタインもアリかな、と。
2004.02.13
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