胸いっぱいの期待を抱えてやって来た都会。
ちょっと気になる人には、既に想い人がいました。


私に、あるいは彼に
クリスマスの奇跡は起こるのでしょうか?









銀幕のイヴ







ラケットとボールがぶつかる音が、あちこちのコートから入り乱れて響いてくる。
全部のコートが一番よく見渡せるギャラリーの特等席に陣取って、小さな日の丸を振ってみる。
応援用に何かないかと思って、昨日姉ちゃんの家中探したら出てきた、お子様ランチの旗。
ないよりあったほうがあたしも手持ち無沙汰じゃなくていいなと思って持ってきたら、思いのほか部員さんたちには好評で
こんなの持ってくるなんておもしれー奴!と大笑いされつつ、それをきっかけに仲良くなれたみたい。
今も試合がちょうど終わったらしい、えーと向日くん?が手を振ってくれてる。
超身軽で明るくて面白い人。忍足くんのダブルスのパートナーらしい。




「寒ない?」




いつの間にか側に来てた忍足くんが、タオルで汗を拭きながら隣に座った。
ふわっと空気が動いて、熱気と一緒に伝わる男の子の匂い。
男の子なんて汗臭いだけかと思ってたけど、思ってたよりずっと清潔な匂いがした。




「平気。楽しいね!皆カッコイイし。フェンスの向こうにいっぱい見てる子いるよ?」
「はは、明日クリスマスイブやからな。どうにかして声掛けたいんちゃう?」




ちょっと困ったような呆れたような声で笑う。
カッコイイのはもちろん人当たりもいいし、相当人気があるんだろうな、忍足くん。
フェンスに張り付いてる女の子たちが、今にも噛み付きそうな顔であたしを見てる。
きっと、普通なら中になんて入れてもらえないんだろうな。
優越感と申し訳ない気持ちが半分半分。
あたしがこうしていられるのは、姉ちゃんの鶴の一声のおかげ。
もっと言えば、忍足くんが姉ちゃんを好きで、そのお願いを断れないっていう弱みに付け込んでる。
…ってそこまでわかってて遠慮のないあたしって、ものすごい嫌な奴じゃない?




「…雪、降ったらええのにな。」




空を仰いで独り言のように忍足くんが呟いた。
見上げた空はとても寒そうな色をしているけれど、雪が降りそうには見えない。
でも、忍足くんがそう言いたくなる気持ちもわかる。
ホワイトクリスマスって、やっぱり憧れるもん。




「降るよ。クリスマスには信じる人に奇跡が起きるんだから。」




空を見上げたまま明るい声で、呪文のようにそう口にした。
言っている自分が一番そう信じたいのかもしれない。
クリスマスには、とびっきりスペシャルな奇跡が起こるって。
忍足くんが、せやなってちょっと笑ってから、少し言いにくそうに口を開いた。




「…さん、俺、謝らなきゃならんことあんねや。」
「うん?」
「昨日、待ち合わせに遅れたの…部活やなくて…わざとやってん」
「え…?」




申し訳なさそうに眉を寄せ目を伏せて、唇をきつく一文字に結んで、膝の上で拳が握り締められてる。
冗談じゃなくて、ホントに、
わざと、二時間遅れてきた…んだ。
昨日の記憶が一気に悪意を滲ませて押し寄せるのに、頭がくらくらしてくる。
ギリギリと焼けるような痛みで喉が詰まりそうだ。
泣きそうになる声をグッと飲み込んで…静かに深呼吸をひとつ、ふたつ。


…たとえ、遅れてきたのにどんな理由があったとしたって
それでも、遅れても駆けつけてくれて、映画が好きと言って興奮してた忍足くんは作り物なんかじゃなかった。
それに、きっと…




「ほんま、ごめん…。さんには……さんは何にも悪いことないのに…俺、」
「…姉ちゃんが好きなんでしょ?」
「え?」
「それは、何となく感じてたから。…知っててその厚意に甘えようとしてたから。」
さん…」
「だからあいこ。あたしも、ごめんね。」




へへへっと笑ったあたし。
忍足くんが、困ったような何か言いたいような、ちょこっと泣きそうな、なんともいえない顔であたしを見て




「ほんま、優し過ぎや自分…」




首を傾けて、大きく溜め息。
あぁ、そんな愁いの帯びた笑い顔なんか返してきちゃって。
その顔がどんだけ女の子を惑わしてるか、知りもしないんだきっと。




「随分と難儀な相手だなぁ、もう。」
「何?」
「ううん。ねぇ、姉ちゃんとどこで知り合ったの?」
「あぁ、言うてなかったっけ。全国模試の試験監督助手でさんがいてな…」




試験中にシャーペンが壊れちゃった忍足くんに、そっとシャーペンを貸してくれたのが姉ちゃん。
美人で楚々とした姉ちゃんに忍足くんは淡い憧れを持ったんだけど、その時はまだ特に恋とかそういうんじゃなかったらしい。
偶然再会したのは、姉ちゃんがバイトの帰り道に酔っ払いに絡まれたのを助けた時。
でも、ろくに話も出来ないうちに警察が来て、面倒になるから帰りなさいって言われて連絡先も聞けなかった。
それが今、こんなに仲良くなったのは




「うちの姉ちゃんが大学の友達いっぱい連れて来よったんよ。で、顔出してビックリしたわ。あー!あんた!!って」
「それで、姉ちゃんに」
「あー、何かこういうのも運命やなって、ビビビッと来てしまってん。」




ホント、そう思うのも無理はない。
あたしだってそんな偶然に出会ったらきっとそう思うもの。
くっそう、運命に出て来られてしまっては、到底敵いそうもないじゃないか。
それに忍足くんがあんまり幸せそうに、大切に言うから、
なんだかあたしも切ない恋する気分がわかって、つい余計な事が口をついて出て来る。




姉ちゃんに告白しないの?」
「振られるの確実やし」
「わかんないと思うけどな、そんなの。」
「せやけど…イヴに告って玉砕すんのもアレやなぁ」
「あ、じゃあさ、もし振られたらあたしと失恋同士、二人でパーっとやろ。」
「失恋同士?」
「うん、そう。あたしも失恋しそうだから。振られても二人なら寂しくないでしょ。」




都合のいいこと言っちゃって。ホントは明日の約束が欲しいだけ。
たとえそれがクリスマスに雪が降る確率より低くても。
どんな形でも、イヴに忍足くんと過ごせるって希望を繋いでおきたい。
自分のことばっか考えてるのが嫌で、忍足くんが幸せならいいってそんな無償の愛みたいなことを思おうとして でも結局自分が一番望むことは捨てきれなくて
言葉にいっぱいいっぱいフィルターをかけて親切っぽく言ってるけど、ホントは自分の都合のいいようにしようとしてる。
そんなずるい奴。




忍足くんは何も言わない。
もしかしてもう別に約束が入ってるんだろうか。




「あの、もしかして予定あった?」
「いいや。…そういうのもええかもな。楽しそうやわ。」
「や、でもまぁ、あくまで保険ですよ!忍足くんが変な心配してるから、振られてもあたしがついてるぞー!みたいな」
「……」
「ホント、でも絶対、だいじょぶだからさ!絶対うまく行くって、ね?だからあたしは、多分間違いなく駄目だけど、忍足くんは」
さんはええ子やね。」
「へっ?」
「大丈夫や、さんみたいにええ子振る奴なんておらへんよ。俺が保証したったる。」




「…ありがと。」




こうゆう時ってどんな顔して何を言えばいいんだろう。
あぁ、もっと映画観とけば良かった。そしたらきっと綺麗な笑顔で、気の利いた台詞を言うことが出来ただろうに。
あたしときたらきっと、ちっとも冴えない泣き笑いみたいな顔してる。








「やいやいやーい!!そこ何二人で世界作ってんだよー!」




ふぇいっ!?
思わず固まってしまった。
ひょいと声のするほうを見ると、タオルを振り回した向日くんが駆け足気味にやってくる。
後ろからも、ぞろぞろぞろぞろと…
え、何事?




「ズリーじゃん、侑士。俺らも混ぜろよ!」
さーん、俺あくたがわじろう。よろしくー。」
「あ、うん。(さっきも教えてもらったんだけどなぁ)よろしくね。」
「…岳人、ジロー、宍戸まで…お前ら練習はどないなってん?」
「自分だって休んでんじゃん。休憩だよ。」
「つか一応引退した訳だし、俺らばっかコート使ってちゃ悪いだろ」


「それよりさ、!お前タップ出来るんだろ!?」
「え?何で知ってるの?」
「侑士がすっげ自慢げに話してたんだよ。自分が出来るわけでもねーのにさ、笑えんだろ!」




向日くんがケタケタ笑いながらそう言って、即座に忍足くんの肘鉄を食らった。
いってーな何すんだよ侑士ホントの事だろ!と叫んでもう一発。
おしたりは同じ趣味の子がいて嬉Cーんだよねーと芥川くん。
宍戸くんまでそうだそうだって調子を合わせて笑って。
つーかお前が一番見たいんだろ侑士、いい子ぶっちゃって我慢すんなよー!と向日くんが騒いで忍足くんに黙らされる。
心なしか忍足くんの頬がちょっと赤いような…
…え、ホントに?
忍足くんもあたしのタップ、見たいって思ってくれてるの?


途端に超やる気になってる自分。
現金だなって自分でも思うけど。




「な、ちょこっとで良いし。はい、拍手ー!!」
「ひゅーひゅーっ!!」
「おい岳人、ジロー、ええ加減にせぇよ」
「いいよ、楽しそう!じゃ、いっきまーす!」




ファイブ ・ シックス ・ セブン ・ エイッ!
頭の中でカウントを取って、習い立てのステップを踏み始める。
ブラッシュ、シャッフル前・後ろ。ボールとヒールを使い分けてサイドへ移動
タップシューズじゃないから音はそんなに出ないけど、でもコンクリートの地面に靴が当たれば楽しいリズムが刻まれる。
バランスをとるのに動かしてた手も、自然とサマになってく気がする。
前・後に滑らせるように、タカタカ左右の足でステップを踏む。




「左足首が固いぜ。」
「え?」
「こうだ。」




不意に掛けられた声、足を止めて隣を見れば上着のポケットに手を入れたまま、今あたしがやっていたステップを踏む男の子。
あ、綺麗。
いや、顔じゃなくて(顔も綺麗だけど)タップの形が。




「見てねぇでやってみろよ。」
「え、はい。」
「左、音出そうとすんな。地面を滑らすんだよ」
「あ、こう?」
「そうだ」




フッと不敵に笑った彼が、それまで踏んでいたステップをちょっと変えて右左に踏み鳴らし、最後にコンコンとトウで地面を打ち、誘うような目であたしを見てくる。
あたしもたった今彼がやったステップを見よう見真似で踏んで、最後にコンコンとトウで地面を打って彼を見る。
挑発するように、誘うように、リードするように彼がステップを踏むのがわかる。
それもあたしにも出来そうなステップを振ってくるから、乗せられてどんどん足が動き出す。


見てる皆がおぉ!って歓声上げて、手拍子してくれるのが嬉しくて調子に乗ってくる。
タカタカタカタカ、ユニゾンする靴の音。
そこからあたしは横へ一歩、片足引いて後ろにポイント、「どうぞ」のポーズ。
と、彼がワンフレーズ、とても上品だけどそれはそれは目の覚めるようなタップを披露してくれる。
すごい、先生より上手いかも…!!


綺麗に決めた彼があたしにもソロを返してくれる。
あたしも一番得意のステップを踏み鳴らす。
そうだ、見よう見真似だけどインサイド・ターンも入れてみちゃえ!
足を踏み鳴らしながらひとつ、もうひとつ!
どうしよう、すっごい楽しい!!


ひょいと眉を上げ、不敵に笑ってあたしに右手を差し出す彼。
それを右手で受けて、両足で小刻みにスタンプステップを踏みながら一緒に回る。

生まれて初めてデュエットで踊ったけど、こんなに楽しいなんて思ってなかった。
息が切れるほど踊って、曲もカウントも口にしなかったのに、示し合わせたようにポーズが決まった。
途端にワーッとすごい拍手と歓声。
ハッと見回せば、いつの間に集まったのか沢山の人。
一番前でめいっぱい拍手してくれてる向日くんと芥川くんが興奮した顔で立ち上がって、目を輝かす。




「すっげー!!お前すっげーじゃん!」
「ホント、超カッコEー!!息ぴったり!」
「いや…、今のは、彼が合わせてくれ、て」
「えーでもすげかったよ!跡部タップも出来るんだ!!」
「常識だろ。」




ぜーはー息を切らしてるあたしの横で、涼しい顔をした彼が何でもないように言った。
あとべくん…って、確か部長さんだった…っけ?
未だ息の整わないあたしを見下ろしながら、どこか呆れたような色を浮かべてる。
あ、おれい、お礼言わなきゃ。




「あ、あの、どうも、ありがとう。げっほ、すっごく楽しかったー!」
「息切れすぎだろお前。」
「だって、もう自分のキャパ越えてるもん。あんなに踊れると思わなかった。」
「ちょっと練習すればまだいけるだろ。姿勢はいいし。見込みあんじゃねぇ?」
「ほんと?」
「うんうん、さんすっごく上手かった!ねっ、おしたり!!」
「あ?あぁ、せやな…ビックリしたわ。」




忍足くんがハッとしたような顔をして、すぐに薄く笑いを浮かべてすごかったで、と言ってくれる。
その前のどこか遠くを見てるような顔が気になったけど、もう何でもないみたいで
もしかして姉ちゃんに告白すること考えてたのかな、ってちょっと寂しくもなったけど、気にしないことにした。
出来るヒロインは小さなことでクヨクヨしないのよ。いつだって人生に前向き。
今だってホラ、忍足くんがあたしを見て褒めてくれたんだから。素直に喜んでお礼を言っていいの。
一目見たら恋に落ちてしまいそうなくらい、飛び切りの笑顔でね。




「ありがとう。」
「いや…。それにしても跡部が踊るとは思わんかったわ。」
「ホントにすごかったよね!アステアみたいだった。顔がいいところもそっくり」
「じゃあお前はロジャースか?たいした美人じゃねぇ所は似てるかもな」
「あはは、じゃあちょうどいいね。コンビ組んでくれる?」
「考えといてやるよ。さぁ、お前ら練習戻るぞ」




跡部くんの一声で、皆がぞろぞろと引き上げていく。
そうだ、いけない、調子乗って練習の邪魔しちゃったんじゃない、あたし。
ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、ごめんね、頑張ってくださいと声をかける。
でも皆、楽しかったとか気にしないでと言ってくれて
中には2年生とかもいたみたいで、丁寧に、素敵でした、ありがとうございました、なんて声を掛けてくれたりしてまた嬉しくなる。
残ったのはあたしと、忍足くんと最初の3人。




「調子乗って、練習邪魔しちゃったんじゃないかな。」
「跡部が一緒に踊ったんだから全然問題ねぇだろ。誰も気にしてねぇよ。むしろ良い気分転換って感じじゃねぇ?」
「そうそう。つか跡部が踊るなんて超意外だったし!何か良い感じだったよな。」
「うん、あとべが柔らかい感じだった。」
「ダンスが好きな人に悪い人はいないんだよ」




だってあんなに上手にタップを踏めるのに、あたしに合わせて簡単なステップを一緒にやってくれたんだもんね。
おかげでデュエットの楽しさを知ったし。跡部くん効果で相当上手く見えたっぽいし。
やばいわぁ…超クセになりそう。
くふふ、と含み笑いするあたしをちょっと訝しげに見ながら、さてと、と皆も立ち上がって体を伸ばす。




「俺らも行くか。ありがとな。めちゃくちゃ楽しかったぜ。」
「こちらこそ。…そろそろあたしも引き上げた方がいいかな。また調子こいて邪魔しても悪いし」
「あー、やめとけよ。時間あるなら居たほうがいいぜ」
「へ?」
「あんだけ跡部と踊った後じゃあぶねーって。帰りも忍足が送ってくだろ」
「ああ。」
「?よくわかんないけど、息切れならもう収まったし大丈夫だよ。あたし足は丈夫だから、フラついてコケるってこともないし。」
「え?いや、そうじゃなくてな」
「俺が心配やからおったって。さんに何かあったらさんに申し訳立たんわ。」




ズキッ
心配してもらってることに変わりないのに、傷つく筋合ないのに
やっぱり姉ちゃんか。そう思ってチクリと胸が痛む。
そうだった、忍足くんは姉ちゃんに頼まれてあたしの面倒を見てくれてるんだった。
忍足くんがあんまり自然に優しいから忘れそうになる。




「ふふ、あたしのせいで忍足くんが姉ちゃんに怒られたら可哀相だもんね。」
さん、そういう意味やなくて」
「はーい、じゃあ遠慮なくここで観戦させてもらいまーす。ホラ跡部くんがこっち見てるよ、行って行って。」




せかすように皆をコートへ送り出して
絶対待っとってよと、振り返り振り返り念を押す忍足くんに、ハーイと手を上げる。
その後姿を見送って、膝を抱えて座り直すと頭を膝にうずめる。
……優越感に浸っていいのか、涙を流して泣くべきか悩むなぁ。
随分贅沢な悩みであることに変わりはなさそうだけど。


コートでは2年生と思しき子たちを相手に忍足くんが試合してる。
大きな背中が右に左に動いて、軽々とボールを返してる。
こうして見てるのは楽しいから、待っているのは全然苦ではないしむしろ嬉しい。
あーでも何か、汗が引いたらちょっと寒くなってきた。
危ないし心配だから待ってろって言われたけど、何か温かい飲み物欲しいなぁ。


立ち上がって踊り場でウロウロ歩いてみる。
うん、別に足はフラつかないし息切れもしてない。頭もくらくらしない。倒れる心配なし!
自販機までカフェオレ買いに行くくらいなら…
もう一度コートに目を向ける。
ちょうど忍足くんは背を向けているし、そっと行ってくればわかんないよね。




荷物を持って階段を降りて出入り口を抜けて、裏門を出るとすぐに自販機が見つかる。
うん、朝来た時に確かここに自販機があった気がしたんだ。
お金を入れてカフェオレ買って。
あー、あったかい。
幸せ気分で足をコートのほうへ戻した、その時。




「ちょっと、いい?」




忍足くんたちがああ言った意味が、やっとわかった気がした。










+      +      +      +      + 











「うー…まだ痛い」




ドアが開くたび吹き込む寒風に、昨日の「ツラ貸して」で顔と心に負った傷が痛む。
赤くミミズ腫れした頬を傷テープで隠してマフラーに埋めて。
女の子のクセに、なんて言ったら男尊女卑かしら。でもすっごい力で引っ叩いてくれちゃって、女の子なんて認めてやりたくない。
一応あたしだって女の子、たいした美人じゃなくたって顔は命なんです。
結局昨日はあれから戻るわけにも行かず、たまたま通りかかった寡黙な2年生(ウスって言う口の堅い子)に、急用が出来たから帰るって伝言を頼んで
姉ちゃんには、近道しようと思ってバラ線くぐって怪我したって嘘ついて
夜に姉ちゃんの携帯にかかってきた忍足くんからの電話。
あたしにって代わられた時は出来るだけ明るく笑って、急に帰っちゃってごめんねって謝って。
バカだから、調子こいて姉ちゃんとの待ち合わせをお膳立てして。
そしてあたしはイヴに一人きり、山手線をぐるぐる回ってる。




きっとあの子たちは夏でも冬でも毎日通ってて、それでも越えられないフェンスの向こうに、ポッと来たあたしが我が物顔で座ってたんだから、そりゃ 気に食わないだろうさ。
それに、多分あたしが言い返さなかったら、あの子たちもあそこまで興奮して掴みかかってくることなんてなかったと思う。
でも、あたしだって傷付かないわけじゃないんだから




「アンタなんて、ちょっと物珍しくて構われてるだけなんだから。勘違いすんじゃないわよ、このブス!!」


「いい気になってバッカみたい。侑士には年上の彼女がいるんだから。」




そんなのあたしが一番わかってるんだから、いちいち傷口広げるようなこと言わないでよ。
それに姉ちゃんはまだ彼女じゃないもん。昨日の時点では。
もう今はどうなってるか知らないけどさ。
暮れていく東京の空を見ながら、泣きそうになる。


振られたら二人でパーティ。でも場所も時間も何にも決めずに別れた。
携帯の番号もメアドも、まだ聞いてなかった。
万が一忍足くんが振られてしまって、万が一あたしのいる場所を見つけることが出来たら…
あたしと彼がクリスマスを一緒に過ごせるとしたら、そんな一億分の一の確率。


ふと見上げた車内広告。綺麗で大きなクリスマスツリーの写真。
これは、どこだろう。
下のほうに小さく書かれている、最寄の駅名と交通手段を見て。
あ、これなら行ける。
そう思った途端、引き寄せられるようにその場所に行きたくなって、居ても立ってもいられなくなった。








それは思っていたよりずっと、大きな大きなツリーだった。
きらきらきらきら
下から見上げると星みたい。
恋人同士も家族連れも、みんな幸せそうにツリーを見上げる。


あれみたいだ。ホームアローン2の…ニューヨークだっけ、あのツリー。
最後にケビンとママが再会するあのツリー。
そう思って、あぁ、だからあたしはここに来たいって思ったのかと納得。
クリスマスに誰かと会うのに、きっとここほど適した場所はない。
クリスマスの奇跡を夢見るのに、きっとここほど素敵な場所はない。
それは一億分の一、ううんきっとそれよりずっと低い確率。でも、願わずにはいられない。




「忍足くんに、会いたいです…」






























目を閉じて、強く願って、目を開けたら、そこには好きな人、なんて
そんな上手い話はないとわかってるけど










さん!」



















じゃあ振り返ったら、そこには…




















「…うそぉ……」




目の前にいる人が信じられなくて、思わず忍足くんの頬っぺたを引っ張って確かめる。
え、この顔がマスクとかそんなオチはないですか。




「いたいいたい!何が嘘や。俺やっちゅーねん」
「…え?何でここがわかったの?偶然?」
「いや…俺やったらどうしたいかなって考えたんよ。一番、ロマンチックな待ち合わせが出来る場所ってどこやろって。あとは勘」




でも当たったやろ?と忍足くんがにっこり笑った。
雪も降らない。宝くじも当たったことない。そんなあたしのもとに
一億分の一が飛び込んできてしまったのだと、驚きを飛び越してなんだかものすごく、感動した。
言葉が出ないあたしを見つめたまま、忍足くんが真面目な顔になって静かに口を開く。




「けじめ、つけてきたわ」
「そっか。」
「自分は?相手に言えたん?」
「ううん。」




って言うかあなたなんですけど
そんなこと言えるはずもない。
でも忍足くんはそんなの知りもしないで(そりゃそうか)、怪訝そうな顔で首を傾げる。




「何で、言って来ぃよ」
「いや、100%振られるの確実なんで」
「わからんよ、そんなん」
「…あはは、この間と逆だね。」
「そうやん、自分が先に言い出したことやで。行って来ぃや。俺待ってたるよ。保険で、な」




そう笑う忍足くん。
ここはもう覚悟を決めるしかない。
大きく深呼吸ひとつふたつ。
言ってしまった後どうなるのかなんて、もう考えない。
一億分の一に優る幸福なんて望まない。
あたしは自分の一番の笑顔で、笑いかけた。




「あたし、忍足くんが好きです。」


「…俺、やったんか」




忍足くんが本当に驚いた声でそう言って。
しばらく、言葉も出ないって感じで固まってたのに、不意に
何かが切れたみたいに笑い出した。




「はは、あはははは!そうか、俺か。…そうやったんか、あっはは!」
「あっひどい、笑うとこじゃないのに!」
「すまん、せやけど…ハハハ!!」
「なによもぅ…」




一応これでも決死の思いで告白したのに、一笑に付された。
…これってミラクルショックなんですけど。
がっくり肩を落としたあたしを見て、ようやく忍足くんがすまんすまんと言いながら笑いを引っ込めた。




「いいです、もう。ひとりで映画観て帰るもん。」
「ごめんて、そうやないんよ。」
「じゃ、どうなの。」
「いや、俺も相当鈍いなってのと…何やろね、好きやって言われて、全然思ってもみなかったから、すごく嬉しかってん。」
「え」
「ありがとう」
「………うん。」




ありがとうって言われて、なんだか今頃恥ずかしくなってきて
目がうようよ泳ぎながら俯いて、マフラーに沈んだ。
顔が真っ赤になってくるのがわかる。
やばい、恥ずかしい。
突然ほっぺたに大きな温かい手が触れて、ビックリして顔をあげる。
忍足くんの指が、ほっぺたの上を撫でて…
あ、やばい、傷テープ。と思ったときにはもう遅かった。




「この傷テープ。誰に引っ叩かれたん。」
「え、あ、いやこれはバラ線に引っ掛けて、あははは。」
「嘘つかんとき。…だから言うたのに。危ないって。言うこと聞かん子やね。」
「いや、でも忍足くんのせいじゃないから。姉ちゃんにも何も…」
さんは関係あらへん。俺が嫌やねん。…大切な子も守られへんなんて」




えっ?
それは、あの…どういう…?
続きを目で促すあたしを見て、忍足くんがはーっと溜め息をついた。




「あーもう、調子狂わされっぱなしや。」
「えーと、あの、大切な子、ってそれってどういう意味、でしょうか。」
「自分でもようわからんけど、一昨日からこのかたずっと、さんのことばっか考えてる。優しい子やなぁとか、ええ子やなぁとか。旗を持ってきた時はオモロイなぁって思ったし、跡部と手ぇ繋いでタップ踊った時はめっちゃむかっ腹立ったし。」


さんに告白しろ言われても、あんまピンとこんかってん。そしたら、失恋したら失恋同士でパーっとやろうとか言うやん。」


「好きなヤツがおるんや、って思ったら無性に悔しい気分になった。振られてまえ!って…正直思ってた」
「ひどーい」
「何言うてんの、自分かて同じやったくせに。」


「…でも、俺やったんね。」
「うん。」
「それが、めっちゃ嬉しいねん。…だからきっと」




ぐうううぅぅぅぅぅぅっ




忍足くんがきっとすっごく良いことを言ってくれようとしていたその瞬間
あたしのお腹が、百年の恋も冷めるような音を立てた。
…泣きそう




「はは、腹は正直やね。とりあえずご飯、行こか。」
「毎度毎度ホントごめんなさい。」
「ええんよ。手を繋ぐきっかけが出来たわ。」




そう言って、忍足くんがあたしに手を差し出した。
すっかり冷えた手をおずおず出すと、大きな手にすっぽり包まれる。
うわ、つめた!と言われるのにちょっと申し訳なくなる。
ポッケに入れて温めて置けばよかった。
今からでもと、空いてる右手をポッケに入れると、指先に触れる硬い感触。




「あ、あの忍足くん。」
「ん?何?」
「け、携帯の番号とか…教えてもらってもいいかな」




忍足くんが目を見開いて、あわてて携帯を取り出す。
ほんまや、入ってない!なんて今頃のように言って、肩をすくめる。
お願いしますって、くすぐったそうに笑いながらそう言った。




「やった、これで忍足くんと連絡がとれる」
「でもやっぱり会って口で言うのが一番やん。」
「それはそうだね。…あれ?」




携帯の画面、ポツンと水の跡。
雨かと思って空を見上げるけど、音もしないし水の粒が落ちてる感じもしない。
…気のせい?




「どうしたん?」
「ううん、雨かと思って…」




でもまた携帯の画面に水の跡。
…ううん、違う。これは




「雪?」




よく見れば、地面にも小さな水の跡。
そして携帯の画面、粒が画面につくほんの一瞬、綺麗な結晶の形をしているのが見えた。




「すごいよ、忍足くん。雪だよ!」
「道理で…えらい寒いもんなぁ…」
「ほら!言ったでしょ!クリスマスには奇跡が起こるんだよ!!」




言ったあたしの方が嬉しくなって、空を見上げて両手を広げた。
空から、ほんの少しずつだけどふんわりと雪の粒が舞い降りてくる。
きらきら光るツリーの灯りと一緒になって…あぁもう夢のように綺麗。
ホントに、夢のようだ。夢のようなホリディだよ




…やっぱ今言わせて」
「うん?」
「…めっちゃ好きや。」




今までで一番、胸がきゅうって締め付けられるようなそんな瞳で
初めて名前で呼んだ、その唇で
引き寄せられたら
あとは、両手を伸ばして抱きしめて。目を閉じるだけ。










中三、冬。 クリスマスイヴ。
夢にまで見て憧れた都会で、映画よりも甘く煌めく愛を見つけました。




...end



【反省と言うよりむしろ言い訳】


せっかくクリスマスなんで、跡部さまとのダンスも盛り込んでみました。
そんなことをしたために、結末まで辿り着くのに大変な長さに;;
クリスマスには奇跡が起きて欲しい。そんな願いを込めて。ラブはとってもスウィートなものですからね!
メリー・クリスマス!

2007.12.25