どうしてずっと変わらない想いは存在しないのだろう。

今日好きだった人を明日も好きのままでいられないのだろう。


 

 

今日 ≠ 明日

 

 

『もう疲れた』

半年付き合っていた彼氏からメールが届いたのは昨日の夜だった。
たった一行。ほんの五文字。
でも、彼の心情をあたしに伝えるには十分すぎる一言だった。

「疲れた…かぁ…」

屋上の柵にもたれかかる。
頭の上にはどこまでも続く、雲ひとつない青空。
あたしのぐちゃぐちゃな気持ちを全て見透かしているようで、少し嫌になる。
でもアイツのいる教室にいるよりずっとマシだ。
昨日の今日で、笑顔でオハヨウと言えるほどあたしもアイツも大人じゃない。
だから…今日くらいは
授業をサボるのを許してほしい。
子供なあたしを許してほしい。

あたしはコロンと地面に寝転んだ。
悲しくない。ちっとも悲しくなんてない。
それなのにどうしてこんなにモヤモヤするんだろう。
そんな心のわだかまりをぬぐい払うように、思いっきり空を蹴り飛ばしてみた。

 

 

「スカートの中見えるで、お嬢さん。」

突然声をかけられて、あたしはビックリして飛び起きた。
あたしの爪先30cmのところに、輝くような笑顔を湛えた男。

「侑士…あんた授業は…?」
「人のこと言われへんやろ。サ・ボ・リ・やvv」
「何でココにいるのよ。」

サラサラの長髪を揺らして至極楽しそうに言うこの男に半ば怒りを覚えつつ尋ねる。
と、侑士はキシリトールガムのCMのようにきらっと歯を見せて笑うと、あたしの横に腰を下ろした。

のことが心配やってん。」
「ああそう、アリガトウ。じゃ。」
「ちょお待ちぃ。ほんま気の短いお嬢さんやなぁ、は。」
「悪いけどあたし今、侑士の冗談に付き合う気になれませんから。」
「冗談やないって。ほんまにのこと心配してるんよ。自分今朝の朝練からめっちゃ様子おかしいやろ。」

侑士の一言で思わず身体が硬直した。
…気づいていた…?
誰にも勘付かれないように、普通に振る舞っていたつもりだったけれど、やっぱり変だったのかな……?

「みんな…テニ部のみんな気づいてた…?」

たかだかマネージャーのあたしがみんなに心配かけるなんてあるまじきことだもの。
すごく気になる。
と、侑士はふっと顔をくずして笑った。

「いや、口に出して言っとった奴はおらんよ。ほとんど気づいとらんのと違うか?」
「じゃあ…侑士だけ…?」
「たぶんな。」
「…ごめんね、心配かけて。すごく個人的なことだから気にしないで。」
「自分それはよくないで。オレらみんな家族みたいなモンやろ。心配するのはあたりまえなんやから。辛いなら溜め込まん方がええのとちゃうかな。」

優しくそう言った侑士の言葉に、冷たく固まったままだった心が動き出すのを感じた。

アタシハ誰カニ聞イテホシカッタノカモシレナイ。

そう思ったとたん、口は自然と言葉を紡いでいた。

「昨日の夜ね、彼に振られたの。」

予想外の言葉だったのだろう。侑士が目を丸くしてあたしを見つめている。
それもそのはず、テニ部のみんなはあたしがアイツと付き合っていたことすら知らないのだから。
それ位あたしたちは一緒にいることが少なかった。
だからきっと別れたと言ってもピンとこないのだろう。

「彼って同じクラスの田中だか伊藤だかって奴やろ?サッカー部の。」
「えっ?何で…知ってるの?」
「まぁ、色々な…」

侑士が視線をはずして言葉を濁した。
…驚いた。誰も気づいてないと思ってたし、別にわざわざ言うことでもないから黙ってたのに。
アイツがしゃべったのかな…。

「でもフラれたって…あいつの方から告って来たんとちゃうの?」
「ホントに何でも知ってるのね。アイツから聞いたの?」
「え?ああ…まぁそんなトコや。」
「そっか。うん、半年前ね、アイツに告られたの。テニマネで頑張ってる君が好きだって。」

そう、テニ部のマネージャーの仕事ってすごく忙しい上に、跡部がなかなか新しい子なんてとろうとしないから、全部あたしが一人でやってる。
好きでやってることだから嫌ではないけど、当然しんどい時もあるわけで。
アイツがあたしに告ってきたのはちょうどそんな時だったのだ。

「嬉しかったんだ。マネージャーやってるあたしを評価してくれたことが。今まで付き合ってきた人も何人かいたけど、みんな一ヶ月と経たないうちにそろってこう言うの。」
「何て?」
「『俺とテニスとどっちが大事なんだ?』って…」
「あー、嫌やなぁ、それ。」
「でしょ?男の人が彼女に『仕事と私とどっちが大事なのっ』って言われるのが嫌だってゆーのと一緒。選べないよ、そんなの。」
「せやなぁ…。オレかて困ってまうわ。」
「侑士も彼女に言われないといいね。」
「彼女に…な…」

苦笑ぎみにあたしを見てそう言った。
ちょっとひっかかるけど、あたしは構わず話し続ける。

「だからね、アイツは他の奴とは違うかもって思ってOKしたの。部活に励むあたしを認めてくれるんだって。実際、半年近く付き合ってたし。でも…」
「でも…?」
「違った…。そんなのあたしの一人よがりだった。アイツもやっぱりテニス部のあたしに愛想尽かしちゃったんだ。」
…」

無理のないことだとは思う。
この半年、デートらしいデートなんて片手で数えるほどしかしてない。
電話もメールも週に一回するかしないか。
約束も試合や練習でキャンセルしてしまうあたしに愛想尽かすなって方がおかしいんだ。

ぱこん。
携帯を取り出してもう一度アイツからのメールを見る。
何度見ても変わらない『もう疲れた』の五文字が心に重くのしかかる。

「もう疲れたって。まるでドラマみたいでしょ。」
は何て返したん?」
「…バイバイ。」

それ以上何も思いつかなかった。
真っ白になって、悲しいのか悔しいのかさっぱりわからなかった。
ただスッキリしない何かを抱えたまま、あたしの心は昨夜から機能を止めてしまっている。

「最低だよね。こんな身勝手な女、嫌われて当然…。」
「自分は気ぃ遣いすぎなんよ。」
「そんなことない。あたしはアイツに何もしてあげてない。アイツだけじゃない、その前に付き合ってきた人たちにも…」
は甘え下手やからなぁ。相手がうまくそれ解らんかったんやろ。電話もメールも、したくても夜遅くで気がひけてたんねやろ?」
「え…。」
「部員の俺たちに気ぃ遣わせたないから休まず部活出て、でも彼のこと気遣って、待っとけって言えんかった…。違うか?」
「……。」
「そいつも甘えてほしかったんやと思うよ。部活終わるまで待ってて一緒帰ろ言うたり、夜遅くても電話してほしかったり。自分が支えてやりたいと思うとったはずや。でもうまく言えんかった。」
「侑士…」
「どっちも悪ないよ。きっとしゃーないんや。疲れた言うのも、を支えてやれる自信がなくなってきたからやろな。でもそれまでずっと何も言わなかったんやから、相等のこと好きやったんやろ。他の奴と一緒にしたら可哀想やで。そこだけは解ってやり。」
「うん…。」

今、初めてアイツの心に触れた気がした。
そう…侑士の言うとおりだ。
アイツは最後まで、あの一言だけは言わなかった。
会った時も笑顔で一緒にいてくれた。
いつだって頑張れって言ってくれていた。
こんなにもあたしは思われていたんだ。
どうしてあたしはそれに気づかなかったんだろう。
何も言わずにいてくれるだけのアイツに、いつから満足できなくなっていたのだろう。
いつからこんなに傲慢になってしまったんだろう…

ぽたっ…
涙がひとつぶ、ほほを伝ってすべり落ちた。
つまらないプライドに阻まれて流せなかった涙が、今は溢れて止まらない。

「オレに寄りかかってエエよ、
「…あたし…アイツのこと好きだったんだ。」
「知っとるよ」
「どうして…気持ちが変わったりしたのかな…。」
…」
「変わらないままでいられれば良かった…」

侑士があたしの髪をそっとなでた。
こんな醜いあたしを侑士は許してくれる。
その気持ちが嬉しくて、あたしは侑士に寄りかかった。

「…ありがとね、侑士。」
「なぁ…。」
「うん?」
の気持ちが整理できてからでかまへんから…オレと付き合わんか…?」
「えっ?」

予想だにしなかった侑士の言葉に驚いて、あたしは侑士の方に向き直った。
いつものふざけている侑士じゃなくて、テニスをしている時のような真摯な眼差しであたしを見ている。

「ずっとが好きやったんや。だから他の奴と付き合ってる間、気ぃ遣って辛そうにしてるが見てられんかった。オレやったらそんな顔絶対させへん。ずっと一緒におる。」
「振られたから…すぐに優しい手を差し出してくれる人に乗り換える、なんて調子のいいこと出来ないよ。」
「今すぐじゃなくてもええんや。が吹っ切れるまで待つ。」
「その間に侑士の方があたしのことなんてどうでもよくなっちゃうよ。」
「ならへん。今までずっと好きでいたんや。これからこの気持ちが変わるとしたら、のことがもっと好きになるだけや。」
「すごい自信…」
「そう思っていたら、気持ちが変わることかて怖ないやろ?」
「そうだね…」

気持ちが変わることはごく自然なことなんだ。
侑士と話すまで暗闇でさまよっていたあたしの心は、今は一条の光を見つけている。
明日はきっと笑顔でアイツにオハヨウが言える。
そしていつか、あたしの目の前で微笑むこの人を、好きになる日が来るのかもしれない。
いつになるかわからないけれど、そう遠くない未来に
侑士の隣で笑うあたしがいる気がした。

 

…end




【反省と言うよりむしろ言い訳】


振られてオイシイドリーム。(笑)
侑士が告ってくれるなら、私は振られるのも怖くないです!(笑)
『疲れた』に『バイバイ』で返したという、まるでドラマかマンガのような別れ方。
ぶっちゃけコレは友達の実話です。
友達はこの時、しばらく会ってなかった彼のためにクッキーを焼いていたとかで、
メールを返した直後、クッキーをゴミ箱に投げ捨てたそうです。
そんなドラマチックな人生を送ってみたいものだ。(笑)


2003.07.25