逃げだってわかってる。


無意味だってわかってる。


それでも考えてしまう。




もし眼鏡がなかったら、私は変われる…?


 

 

ガラスいちまい <後編>

 

 

鳳くんの前から思わず逃げ出したあの日から二週間。
二度目の水曜日がやってきた。

先週は気まずくて図書室に行くことが出来なかった。
鳳くんを見かけるようになってから初めて、当番を休んだ。
彼が私のコトを気に留めてくれているかどうかもわからないのに。
もしかしたらこの間のコトなんて忘れてしまってさえいるかもしれないのに。

 

ー!あれ?今日は眼鏡ないねー」

背中に重みを感じたのと同時に間延びした声が降ってくる。

「ジロちゃん…私今日は朝からかけてなかったのにー。もう放課後だよ?」

私の首に腕を回してじゃれてくるジロちゃんをはがしながら、呆れたように言ってみる。
男の子なのにすごく可愛くて、のんびり屋のジロちゃんは私の良き相談相手。
『眼鏡のはカワE〜v』って言ってくれる唯一のひと。

「今日お天気いいから今まで寝てたんだもん。ね〜、今日一緒に帰ろ〜♪」
「ジロちゃん、部活は?」
「今日は珍しく休みなのー♪ねぇ帰ろ〜vvそんで途中でクレープ食べてこーよvv」
「うー…そうしたいけど…ゴメン、今日委員会の当番なのよぅ。」
「えー?今日は図書室は閉室で司書さんも休みって言ってたじゃーん。」
「私、先週ズル休みしたから、司書さんから新入荷本の整理を命じられちゃったんだよ。」

ちょっとふくれ顔で、私のYシャツの袖をつかんで左右に振る、ジロちゃんの髪を両手でわしゃわしゃかき混ぜてあやすように言う。

「ごめんね。また今度ね?」

ふわふわの頭を軽くたたいて、私は教室を出た。

 

 

 

 

 

+     +      +      +      + 

 

 

 

 

 

 

カチャ…
職員室で借りた鍵をカウンターに置く。
誰もいない図書室はとても静かで。
遠くに運動部の掛け声が聞こえる。
久しぶりに入ったけど、やっぱり落ち着くなぁ…。
そんなことを思いながら、私はカウンターに積まれた20冊ほどの新刊を種別して本棚にしまい始めた。
思ったより早く終わるかも…

 

「えーと歴史の…中国…史は…うげっ!棚の一番上だぁ!」

自慢じゃないけど背は高い方じゃない上に、高所恐怖症。
そう、昔からチビで眼鏡だから男の子に面白がってからかわれて。
気付いたら自分に自信なんて1個も持てなくなっていた。
さえない自分に泣けてきそうだよ。
うう、最近涙腺弱いなぁ。
静かなところで一人ぼっちだと、なんだか無性に泣きたくなる。
そんな時は大抵、鳳くんのことを考えてる。
今だってそう。
きっと鳳くんなら届くんじゃないか…なんて。
バカだな、私も。
ペシペシ両頬をたたいて、木の台を持ってくる。
できればコレには乗りたくないけど、本をしまわなくちゃ仕事が終わらない。

 

ギシッ

 

揺れる揺れる揺れるぅ〜!!(泣)
何なのよ、うちの学校って名門私立じゃなかったの!?
何でこんなに古くさい台を大事に使ってるのよ〜!!
おまけに乗っても一番上に手が届かない(凹)
こんな台の上で本持って背伸びしろって言うの!?
くぅ…司書さんめ…来週会ったら覚えてろ…。
意を決して背伸びをして、一番上の棚に手を伸ばす。
ギリギリ届いた指先で必死に隙間を空けて本を押し込もうとするものの、なかなかうまくいかない。
ちょっと後ろに下がったらもう少し見えるかな。
と、一歩下げた右足のつま先が、台をかすめて踏み外した。
体が大きく後ろへ傾く。
ひっくり返る!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ…?
…痛く…ない…?
固くつぶった目を開くと、目の前には本棚。
傾いたままの姿勢で私は止まっていた。
否、誰かが私が倒れるところを抱き止めてくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳元で聞こえる聞きなれた声に、心臓が止まりそうになった。
私鳳くんに抱きとめられてる!?
あまりの恥ずかしさに勢い込んで体を反転させたら、今度は体が本棚側に傾いた。
何も考えてなかったけど、どうやら片足は台の上、片足は宙ぶらりん状態だったようだ。

「きゃあっ!」
「危ない!!あの、今安全な所で放しますから暴れないで…」

床の上に降ろしてもらうと、すぐに鳳くんから体を離す。
てんぱっててありがとうすら言えない。
ああ…このドキドキが伝わってしまいませんように…
鳳くんは体を強張らせて震える私を見て困ったようにため息をつき、そっと私の手から本をとって一番上の棚に楽々片付けてくれた。
ああ…やっぱり手が届いちゃうんだ。
思わず見とれてしまう。

先輩はもっと人を頼っていいと思いますよ。」

えっ?
今…私の名前…?
自分の耳が信じられなくて、目の前の鳳くんを凝視する。

「今日閉館日だって忘れてて、この本の返却日今日までなんです。すみませんが、返却…いいですか?」
「えっ?ああ、はい。そういうことなら…」

思いがけず普通の発言にまぬけな声を上げてしまった。
私の聞き違い…よね?
気を正して私は時々本棚にぶつかりそうになりながら、パタパタカウンターへ走る。

「じゃ、お名前と学年・クラスをお願いします。」
「2年H組 日吉若です。」
「えっ?」

驚いて顔を上げたのと同時に、鳳くんが私の右手を強く引いた。
私の手には一枚の個人カード。

 

 

 

『2年A組 鳳長太郎』

 

 

 

「あっ、あの…これは…」
「……良かった。名前は覚えてもらえてた…。」
「えっ…?」

私の手を見ていた鳳くんが、顔を上げて私を見つめる。
掴まれた右手が熱い。
手を戻そうとしても強く握りしめられていてビクともしない。

「あっ…あの…」
「嫌わないで下さい。」
「え?」
「先々週の水曜日…何か俺が気に障ったことをしたのなら謝ります。だから…先週みたいに俺を避けたりしないで下さい…ッ。」

眼鏡がないせいで顔はよく見えない。
ただ、絞り出すような悲痛な声に胸が締めつけられる。

「試すようなことをしてすみません。でも、先輩に…先輩の中に少しでも俺がいるのか知りたかったんです。」

私は夢を見ているの?
彼は何を言おうとしているの?
瞳に熱いものがこみ上げてきそうになる。
私…錯覚してもいいのだろうか?
諦めなくてもいいのだろうか…?

「先輩には迷惑かもしれないけど…俺……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと先輩を見てました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、私は鳳くんの首に抱きついていた。
理由なんかわからない。ただ無我夢中で。
カウンターによじ登って必死にしがみつく。
こんなことするなんて私らしくない、みっともない。
でもそんなこと構わなかった。
あなたが私とここにいる証が欲しかったから。
知らず、私は涙をポロポロこぼしていた。

先…輩…?どうしたんですか…。そんな…こんなことされたら、俺、勘違いしますから…」
「…していい…」

やっとの思いでその言葉だけしぼりだす。
明らかに鳳くんは動揺していた。
私はいっそう腕に力を込めて鳳くんにしがみつく。

「先輩…?俺…自惚れてもいいんですか?」
「うん」
「先輩も俺のことっ…て…?」

少し震えている鳳くんを抱きしめて、耳元で小さくささやく。

「鳳くんが好きだよ」

鳳くんが私をきつく抱きしめた。
頬をよせて私の涙を唇で掬っていく。
ふれられた所が熱をもって熱くなる。
視線が合うと、ゆっくり鳳くんの顔が近づいて、私は慌てて目を閉じた。
唇に今まで感じたことのない熱を感じる。
と、鳳くんの指がブレザーの内側にすべりこんだ。
思わず体を強張らせる。

 

 

 

 

  「眼鏡…今日はしないんですか?」

微笑んだその手には私の胸ポケットから抜き取った眼鏡。

「私…眼鏡の自分が嫌いなのっ」

勘違いしたことが恥ずかしくてそっぽを向く。
ああ、私ってホント可愛くない;;

「してた方が可愛いですよ。ほら…」

かしゃん…。
満面の笑顔が目の前数センチの所で焦点を結んだ。

「ほらね。可愛い」

ぼっ!
私の顔が音をたてて火を噴く。
バカみたいに口をパクパクさせるしか出来なかった。
そんな私をいとおしそうに見つめて、鳳くんはもう一度きつく抱きしめた。

「誰にも見せたくない…」

眼鏡をはずして深く口づける。
深く…優しく…甘い…。

さん…」

―立っていられない/////
そんな甘く耳元で囁くなんて反則だよ。
足の力が抜けていく私を、鳳くんはしっかり抱きしめていてくれる。

 

もう独りで頑張らなくていいんだ。
あなたに寄りかかってもいいんだ。
鳳くんの肩越しに赤く跡のついた右手を見つめて、目を閉じた。

 

明日は私が会いに行くね…

 

…end




【反省と言うよりむしろ言い訳】


…最初に名前を呼ばれる相手がジロちゃんってどうよ?
うう、変換少なくてスミマセン。
不自然じゃなく名前を呼ばせるって難しい。
そしてこんないじいじヒロインにしたために、話が動かないこと動かないこと。
でもチョタって結構やるときはビシッと動いてくれそうなので、こんなんでもいいのかなぁ…(自己完結)。

2003.06.26