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私が生まれてきたことに Because you are here -June- カチコチカチコチカチ… 珍しく部活のない休日。 自室のソファの上で、久しぶりに寛ぎながら本を捲っているものの、中身は全くといっていいほど頭に入ってこない。 部屋の壁にかかったヴァイオリン形の時計を見上げて、溜息をつく。 これも、もう何度目だろう。 時計ばかり気になって、全く集中できない。 ソファの前のテーブルの上には、すっかりアフタヌーンティーの準備が整っている。 が、テーブルを挟んで向かい側のソファは冷えきったまま。 …やっぱ迎えに行くべきだったか。 テーブルの上に置いたままの携帯を眺めながら、そんな考えが頭の中で渦を巻いた。 『大丈夫!一人で行けるよ!!景吾のお家、何度か行ったことあるし!!』 そう言って笑ったの顔がまぶたの裏に浮かぶ。 その勢いに半ば強引に押し切られるように了承したが 考えてみれば、俺の家の中で迷子になるようなヤツの言葉なんて信じるに足りるものじゃなかった。 約束は1時。 時計は1時を5分ほど過ぎた頃。 連絡してみようかとも思うが、心配してると思われるのもどこか癪に障る。 だがアイツは天才的な方向音痴。 しかも、窓の外は30分ほど前から降り出した雨がさらに勢いを増している。 …どうするか… チャンチャラララララチャンチャンチャ〜ン♪ 着信音の初めの音とほぼ同時に携帯に手が伸びた。 すぐに通話ボタンを押しかけて、手を止めた。 …何で俺がこんなに切羽詰らなきゃなんねぇんだよ。 フッと息を吐いて、三回目のコールにボタンを押した。 「もしもし」 『…グスッ…けいご…?』 泣いてる…!? 「っ…?どうしたんだよ。」 『くるまにはねられた。』 な ん だ と … ! ? 「はねられたって…今どこだ!?」 『景吾のお家の近くの…おっきい道路のとこ…花屋さんがあって』 「わかった。今から行くからそこ動くなよ!!いいな!?」 返事も聞かずに通話を切って、傘も持たずに飛び出しかけたところを、使用人たちに止められた。 雨だからとか車のほうが早いからとか、うんざりするほど過保護な発言。 イライラしながら運転手を急かして車を出させた。 すぐそこなのにひどく遠く感じられて、もどかしい。 窓ガラスに打ち付ける雨音さえも鬱陶しく感じる。 頭の中ではもう相手の車の運転手の社会的抹殺は決定事項だった。 大通りに出たとき、花屋の前にうずくまるの姿が見えた。 息が、一瞬止まった。 「…シャワーありがとう。」 「ああ…。」 部屋の片隅、バスルームのドアから、俺のシャツとスウェットを引きずりながらが出てきた。 濡れた髪を軽くタオルで拭きながら、裸足の足をペタペタ言わせて歩いてくる。 ソファを勧めてその手からタオルを取ると、髪にドライヤーを当ててやった。 車に撥ねられたと聞いて慌てて行ってみれば、全身ずぶぬれのが泣きながらうずくまっていて。 白いワンピースに散った泥の跡を指差しながら「はねられた」とぐずった。 ……そりゃ確かに車にはねられた事に違いはないだろうけどよ…。 「一言足らねぇんだよ、お前は。」 「だってあのワンピース、買ったばっかりだったんだもん。景吾に一番に見せようと思ってずっと楽しみにしてたのに…。」 「…帰る頃には着れるぜ。」 「雨の日なんてだいきらい…。」 がソファに突っ伏すように転がって、子猫のように丸まった。 拗ねたように口をへの字に結んで、唸りながら寝返りを打つ。 可愛いんだか憎たらしいんだかわからない、こんな姿。 溜息混じりにタオルを片付けて、冷蔵庫から白い箱を取り出してテーブルの上に置く。 ついでに隣のベッドルームからブランケットと、白い紙袋も一緒に持ってくる。 が寝転がったまま、興味深そうに目を動かして箱と袋と俺の顔を交互に見る。 口元だけでフッと笑うと、箱を開けて見せてやった。 4号の、少し小さめの苺のケーキ。 オーソドックスなデコレーションケーキだが、味は絶品。 世界一と名高いパティシエに作らせたのだから。 「すごーい…!いちごのケーキだ!!丸いよ!景吾!!」 「誕生日だからな。」 「ああ、学校の。」 「お前のだ、バーカ。」 の誕生日、つまり今日は偶然にも氷帝の創立記念日。 毎年休みだから誰も祝ってくれないと、ちょっと不満気にこぼしていたのを思い出す。 だからこそ、今年ばかりは部活も休みにして、予定も入れず、こうして一緒にいる。 それくらいわかってんだろ。ボケてんのか? 「わかってるもん。ありがとうー!ろうそく立てて歌うたってくれるの?」 「しねぇよそんなもん。幼稚園児くらいだろ。」 「ひどーい!あたし毎年そうやってもらってるのに!!」 「俺にそんなもの求めんな。」 「ちぇー。ケチンボー。」 淹れてやった紅茶を両手で受け取りながら、が眉根を寄せて口を尖らせる。 眉間に寄った皺を指で弾き飛ばして、そのまま軽く口付けた。 が目を丸くして赤くなりながら、俺を見上げてはにかんだ。 やっぱり、こういう仕種が本当に可愛いと思う。 前髪をかき上げて額にもう一度キスすると、耳元で囁いた。 「おめでとう。」 「えへへ…ありがとう。…ね、食べていい?」 「ああ、今ナイフ持ってくるから」 「あの…景吾。これ、そのままフォークで食べちゃダメ?」 「は?」 「ちょっとケーキ丸ごとフォークで崩していくの、夢だったの。」 が上目遣いに目を輝かせて訴えてくる。 そんな顔されて断れるわけもない。 無意識だとは思うが、コイツは俺が何に弱いかを心得ている気がする。 今も、どうせなら18cmホールにしてやるべきだったかと、後悔するくらい。 やられてんな。やばいくらいに。 でも、いつものポーズは崩さない。それが俺の最後の矜持。 「…しょうがねぇな。」 「やったぁ!!ありがとう、景吾!!大好き!!」 「ホラ、フォーク。」 満面の笑顔で俺からフォークを受け取ると、ケーキに向かって臨戦態勢。 目で、俺に向かいに座れと促してくる。 今にも食べたそうな顔をして、こんな所だけはしっかりこだわるなんてホントに 「何だよ?」 可愛い。 「ねぇ食べようよー!」 「食べろよ。」 「むー!!景吾も食べるのー!!一緒にお祝いするの!」 「わかったよ。」 笑いを噛み殺しながら向かい側のソファにことさらゆっくり移動する。 ちょっと焦らしてみたくなる。 ソファに座りかけた時、テーブルの上に置いたままの携帯から、軽快なメール着信音が聞こえた。 …何だ? 俺が手を伸ばすより先に、が手に取った。 「おい。」 「メール来たよ。おっしーかな。………?誰…?」 「あー、マネージャーだな。貸せ。」 「何でお休みの日にマネージャーからメールが来るの?」 「さあな。明日の練習の話でもあるんじゃねぇの。」 「えー?変なのー。」 「あぁやっぱりだ。…連絡よこせ…?めんどくせぇなぁ」 「何それー!」 「ちょっと待ってろ。電話してくるから。」 「別にココですればいいじゃん。あたしに聞かれるとまずい話?」 「違ぇよバーカ。」 もともと人前で電話することに抵抗があるだけ。 そんなこと言うのも憚られるから言う気ねぇけどな。 クシャッとの頭を撫でて立ち上がり、携帯を片手に隣のベッドルームへ足を向けた。 と、何かに袖を引かれて体が傾く。 振り返ると、恨みがまし気な目をしてがふくれていた。 「何で行っちゃうの。」 「急の用なんだとよ。すぐ終わる。心配すんな。」 「景吾のすぐなんて当てにならないもん。」 「」 「あたしが聞いてちゃいけないの?その子との話!そんなにイカガワシイことなの!?」 「違うッつってんだろ。くだらねぇこと言ってんな。」 「下らなくなんてないー!!今日はあたしの誕生日なんだよ!お祝いしてくれるって言ったの景吾じゃん!」 「しょうがねぇだろ、急だってんだから。別にどこか行って来るって言ってるんじゃあるまいし、グダグダ言うなよ。」 「あたしの見えないところでコソコソ話すんだから同じようなものじゃない!景吾のバカー!!」 「あぁ!?」 「もういいよ!勝手に行って勝手にお喋りしてくれば!!」 「何だよいきなりその言い草は。」 「先にお喋りしに行くって言ったの景吾じゃん。行きなさいよ!あたしはもう知らない!!」 「…!」 「迷子になったりドロドロになったり景吾が意地悪だったり他に女の子がいたり、全部全部雨が悪いんだ!!景吾のせいだ!!」 「何言ってんだよ。」 「だから雨の日なんて嫌いなのよー!!わぁぁぁん!!」 だんだん何を言ってるのかわからないくらいに興奮して、しまいには突っ伏して泣き出した。 こうなるともう何を言っても無駄だ。 いっそしばらく放って置いたほうがいい。 ソファの上のをそのままに、ベッドルームに足を向けて、携帯のメモリーからマネージャーの番号を呼び出した。 『…あらーそれは悪いことしちゃったね。ごめんごめん。』 「マジで手に負えねぇ、あのバカ。」 『天下の跡部さまも彼女には弱いのねー。部活の時だって結構気にしてるよね、ちゃんだっけ?彼女のこと。』 「うるせぇ。もう話はいいのかよ。」 『うん、ありがと。じゃ、それで作っとくね。』 「ああ。」 『ちゃんによろしくー。じゃねー。』 溜息が一層重くなった。 通話ボタンを押して、そのまま携帯をポケットに捻じ込んでリビングに戻って、足が止まった。 テーブルの上の紅茶のカップは俺のまで空になって ケーキは見るも無惨な姿に崩れ去っていた。 …全部食ったのかよ!! 脳裏に泣きながらヤケ食いをするの姿が浮かんだ。 部屋のあちこちにクッションが飛んでいて、花瓶が一つも落ちていないのが奇跡的なくらいだ。 が履いていたスリッパも、片方はバスルームの前、もう片方はピアノの下に散って。 相当癇癪を起こしていたのが見て取れる。 そして当の本人はソファの上で泣き疲れて眠っていた。 ありえねぇ…… 軽い頭痛と眩暈がした。 何でこんなこと出来んだよ、たった電話一本で。 信じらんねぇ 窓を打つ雨音がいつもより俺を苛立たせる。 閉め切った部屋の詰まったような空気に、何かが弾ける。 これ以上振り回されるなんてごめんだ。 …この部屋を出て、どこか他の所へ行ってしまえば、は俺を見つけることなんて出来ない。 庭に出て戻ってくるまでに迷子になるようなヤツだからな。 それくらいしたって構わないはずだ。 いくら俺でも、いい加減に苛立ちもピークに達して 『出て行ってしまおう』と、そう思って部屋の扉に手を掛けた。 「けいごぉ…」 ………ダメだ。 出来そうにねぇ。 ドアに額を付けて、深く溜息をついて。 踵を返してゆっくり、ソファの横まで戻った。 眠ったままの の頬には微かに涙の跡。 額にかかる髪をそっとかき上げて、サラサラと落とす。 端に座ると俺の重みの分ソファが沈んで、の体が少しだけこちらに傾く。 …どうしようもなく手に負えないヤツだけど、どうしたって嫌いになれない。 俺の姿が見えなくてまた泣くんじゃないかと思うと、放ってなんて置けない。 ソファの足元に置いたままの紙袋から、白い籠状のショルダーバッグを取り出す。 随分前から用意していたへのプレゼント。 きっと、あのワンピースに似合う。 手近な紙に、ペンでメッセージを書いてバッグに差し入れて、袋の中に戻した。 …今度の休みに晴れたら、どこか連れてってやるからよ。 そっと額に小さくキスをして、耳元に聞き取れるかどうかくらいの小さな声で、囁く。 「アイシテル」 次の年、の誕生日に用意されたのは真っ白いウェディングケーキだった。 …end 【反省と言うよりむしろ言い訳】 遅れた分、景吾さん出血大サービスですね。 …毎度毎度ヘタレですみません;; 『トラブルメーカー』という曲を聴きながら書きました。 女の子はこれくらい我侭でも、十分可愛いと思います…!(ダメかな・笑) 6月生まれの皆様、お誕生日おめでとうございますvv
2004.06.01
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