毎年毎年山のようにチョコレートを貰う男に


ガツンとインパクトを与えるなんて、所詮は無理な話なんだろうか










バレンタイン・キッス








携帯を握りしめたまま立ち尽くして、呆然と目の前を行くカップルを見送ってる。
バレンタイン前の日曜日。
この街中でこんなに冴えない顔をしてるのは、きっとあたしだけに違いない。


いいえ?
あたしだって約束してましたさ。
一緒に映画観てご飯食べて、買い物に付き合ってもらう予定だったのよ。
なのに待ち合わせ場所に来てみたら、どう?
携帯が可愛らしい音を立てて、景吾からの短いメール。




『練習が入った。今日は行けねぇ』




…ごめんくらい書けよ!
って言うかもっと早くにメールちょうだいよ!
こんなに気合入れてお洒落して来て、待ち合わせ場所でUターンってどうなの、ねぇ。
くっそー、絶対今度あたしもおんなじようなドタキャンしてやるんだから。
…後が怖いけど。


あまりのことにどうしたものかとしばらく立ち尽くす。
しかし、この格好のままここに一人でいるとかなり寂しいな、あたし。
下手したらナンパ待ちと勘違いされるかも。それはそれで楽しいけどやっぱり後が怖い。
仕方なくその場を離れて、とりあえず目に付いた駅前のモールに行くことにした。
せっかく街まで出たんだし、ぶらぶら買い物でもしてから帰ろう。
あたしのいいところは、気分の切り替えがすぐに出来るとこ。
お天気屋だって景吾にウザがられるトコでもあるけど。
景気付けに腕をひと回し、足どりを軽くして、信号待ちの人の中に混ざっていった。




ずらりと軒を連ねるお店には、早くもパステルカラーの服が顔を覗かせる。
へぇ、今年はふんわりした可愛いスカートが多いなぁ。
そう言えば、ガーリッシュスタイルがこの春の流行だって言ってたっけ?
今度のデート用に先行投資しようかなぁと思った矢先、目に飛び込んできた大きなショーケース


『バレンタインのイチオシプレゼント!』…?


大きな踊り文字に誘われるようにうっかりその前に足を運べば、ショーケースに並べられた品々が目に留まる。
どうやらモール中のお店のバレンタイン一押し商品が、店名と一緒に並んでいるようだ。
ネクタイ、スニーカー、ブランド物のシャツ、エトセトラエトセトラ。
『男の子に一番人気は腕時計』…ね。
思わず溜息が零れた。


ファッション雑誌を立ち読みしようと本屋に寄ると、一番目に付く特設エンドにチョコレート菓子のクックブック。
数人の女の子が陣取って、一生懸命ページを捲ってる。
店員さんのお手製だろうハート型のポップアップがゆらゆらと揺れて、手招きをしているみたい。
立ち止まって一瞥をくれてやると、クルリと踵を返して本屋に背を向ける。


ショッピングモールの天井からは、ピンクやショコラ色のポスターや旗が下げられて、
ガラスのショーケースにはハート型のクッションやリボンのかかった箱がディスプレイされてる。
吹き抜けには大きな風船のモニュメント
洋菓子店や贈答用のお菓子売り場の立ち並ぶフロアには、女の子が群れるようにたくさん。
そうだ明後日、明後日がバレンタイン。
景吾に何をあげたら良いかと考え始めると…相当気が滅入る。
カノジョだからと言うつまらないプライドからじゃないけど、他の人があげるようなのなんて絶対ごめんだ。
何より景吾が喜ぶものがいいなぁとは思うけど…思いつかない。
『男の子に一番人気』の腕時計も、あたしがあげるよりずっと良いのを持ってる。
チョコだって、食べようと思えばベルギーの生チョコをサラリと空輸。
大体甘いものなんか好きじゃないし。
テニス関連のグッズなんて誰でも思いつくし、そもそもこだわりがあるから絶対使ってくれないのを知ってる。
景吾は普段から何でも手に入るだけに、何かが欲しいと言ってるのを聞いたことがない。
だから今日さりげなくリサーチしようと思ってたのに。


いっそ何もあげないほうがインパクトあるかしら。
そうでなくたって景吾はプレゼントいっぱい貰うだろうし。
景吾はチョコレートの山にうずもれ、あたしの靴は画びょうの山にうずもれ〜なんて
…冗談にならない。
あぁ憂うつ。
バレンタインなんて、いっそ来なければ良いのに。








「いらっしゃいませー!歯ブラシ、歯磨きはいかがですか〜!」




考え疲れてイヤになって、洗顔フォームを買って帰ろうと思って立ち寄った薬局。
自動ドアをすり抜けた途端、明るい声が耳に響いた。
顔をあげると、入り口からすぐ近くの歯ブラシ売り場でエプロンを付けたお姉さんが笑顔でお客さんに呼びかけてた。
手には今人気の歯磨き粉と歯ブラシ。
あたしと目が合うと、にっこり笑っていらっしゃいませ、と声をかけてきた。




「よろしければご覧になっていってください。こちらのペーストは女性に人気があるんですよ。」
「あ、はい。…これ、CMでよく見ます。」
「パッケージも可愛いでしょ?ステインをしっかり落とすから、真っ白な歯になりますよー。」
「へぇ〜…いいなぁ。」




そう言いながらふと顔を上げて目に入った、お姉さんの後ろの棚に貼ってあるポスター。
真っ白な地に薄い色の羽模様。
可愛い字で書かれた『Happy White Valentine』
何で…バレンタインで歯ブラシ…?
あたしの目線を追ってそれを見たお姉さんが、あぁと笑いながらあたしを見た。




「バレンタインが近いから、女の子には特にお奨めしてるんです。」
「どうしてバレンタインで歯ブラシなんですか?」
「だって、男の子に告白するのには真っ白い歯の方が好印象じゃないかしら?」




クスクス笑いながら、それにね、とお姉さんが声をひそめる。




「何ですか?」
「逆に男の子にこれをプレゼントするのも手かな、と思いまして。」
「あ、あぁ…!」




思わずあたしは手をポンと打ちつけた。
貰ったチョコレートを全部全部こそぎ落としていく歯ブラシって、かなり名案じゃない?
何かあたしが果たすべき役割を見事に担ったプレゼントな気がする!!




「それいいね、お姉さん!」
「あら、まぁそうですか?」
「えーと、じゃあ歯ブラシと歯磨き、一個ずつお願いします。ステイン落とすやつ。」
「はい、ありがとうございます。これはオマケ、ナイショね。」




お姉さんがウィンクしながらあたしにも同じのの試供品をくれた。
あたしもお姉さんにブイサイン。
洗顔と一緒に急いで会計を済ますと、ウキウキと店を出て、足を止めた。
…って言うか何であたしこんなに意気揚々と景吾にプレゼント買っちゃってるの。
さっきはすっごく憤ってた気がするのに…
情けないなぁもう。
はぁと溜息をつきながら、ゆっくりと家までの道を歩き始める。
二つ目の角を曲がったところで、道の反対側にたくさんの人がいるのが目に留まった。
…確かあそこは、この界隈で人気のショコラティエ
バレンタインだからこの賑わいも無理はない。でもそんなことじゃない。
今お店から出てきた子も、チョコを選んでるあの子も、レジ待ちしてる向こうの子もみんな
…見たことがある。
間違いない。景吾の、ファンだ。
あの子たちの手の中にあるチョコが、明後日になれば景吾の手の中に入ってるんだ。


あたしは踵を返して歩き出すと、100円ショップに寄って大き目の封筒を買い込んだ。
ボールペンで景吾んちの住所をサラサラと書き込んで、買ったばかりの歯ブラシと歯磨きを突っ込む。
ふと思い直して、歯ブラシの箱に「ハッピーバレンタイン」とだけ書いて戻す。
封をして郵便局前の自販機で80円切手を買って、ぺったり貼ってポストに出した。
これでいい。
チョコレートまみれの景吾も、画びょうまみれの靴もノーサンキュー。
明後日は、学校を自主休講にしよう。










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携帯が可愛らしい音を立てて景吾からのメールを告げたのは、次の日の夜だった。
もうすっかりズル休みの準備が出来て、そろそろお風呂に入ろうかと思った、そんな時間。
一瞬悩んで、それでもすぐメール開いちゃうのはあたしの情けないところその2。




『30秒以内に出て来い。さもないと』




何!?
さもないと何!?
変なところで止めないでよもう、めっちゃ怖いじゃないの!!
転がるように階段を下りてサンダルを突っかけてそのまま外に出ると、あたしの家の前には不釣合いな大きな車。
そしてその横に、腕組をして非常に不愉快そうな表情を浮かべた景吾が立っていた。




「随分気の利いたことしてくれるじゃねぇか、あぁ?」




って開口一番ヤクザかよ!
心の中で突っ込みを入れるあたしの目の前に、昨日送ったばかりの封筒が突きつけられる。
乱暴にポストに入れた所為か、随分とクシャクシャになって一層滑稽だった。




「何もう着いたの?」
「…他に言うことはねぇのか。アーン?」
「え、と。ハッピーバレンタイーン?」
「バカか。」




!!
バーカじゃなくてバカって言ったよこの人!
って言うかあたし景吾のカノジョなのに!




「愛するカノジョに向かってバカって!」
「事実だろ。何だよ、これは。」
「…バレンタインプレゼントッ♪」
「語尾上げんなウゼェ。」
「景吾冷たい…。」
「何で歯ブラシと歯磨きなんだよ。」
「いいじゃん。それで他の子から貰ったチョコの汚れこそぎ落としてよ…。」
「……お前って…」
「な、何よ!これでもめちゃくちゃ考えたんだよ!でも景吾は何だって持ってるし、何あげても見劣りするし!そもそも景吾の欲しいものなんて全然わかんないし!!」




ヤケになって叫んだ声が真っ白い息になって夜の闇に消える。
あぁもう寒いな
景吾が急かしたせいでコートも半纏も着てこれなかった。
景吾も冷たいし風も冷たいし、体の芯からガタガタ震えてくるよまったく
鼻のあたまは絶対真っ赤だ。
泣いてるみたいで恥ずかしくていやだ。




「大して入ってねー頭で色々考えるな、バーカ。」




鼻のあたまを隠すようにちょっと俯いたあたしを包むように、景吾がコートの中に入れてくれた。
黒のカシミヤのロングコートはスリムなくせに懐が広くて、あったかい。
冷え切って震える体と、意地になってカチコチの心をふんわり温める。




「お前みたいなののために、菓子業界がわざわざ指定してくれてんだろ。」
「だってそれじゃ、みんなと同じになるじゃん。」
「バーカ、お前しか用意できねーモンがひとつだけあんじゃねーの?」
「え、それって……」
「それも解らないようなバカじゃないだろ?」
「…プライスレス?」




景吾が口の端をキュッと上げて意地悪そうに笑う。
ねぇ、ホントにそうなの?




「…欲しいの?」
「プレゼントは贈る方の気持ちだろ。俺に訊くのは反則だぜ?」
「…ドタキャンしたくせに、偉そうに。」
「そんな男がそれでもお前は好きなんだろ?




この期に及んでも謝らないなんてどうゆう神経してんのホントに。
でも、そうだよ、そんな男がそれでもあたしは大好きなの。
抱き締めてあたしから顔を寄せてキスひとつ。
軽く触れてすぐ離して
不満そうな顔を至近距離に見たまま、きつく目を見て言い置く。




「あたし以外は絶対だめ。」
「ハッ!あんなモンひとつで十分だ。」




ゆらりと近寄ってきそうな顔の間に手を挟んで、コートの中からすり抜ける。
そうと決まったらあたしにだって準備が要るもの。




「おい
「おやすみ景吾!また明日ね!」




言うが早いか急いで玄関の中に逃げ込んで、しっかりロック。
いそいで戸棚を開けて、必要なものをチョイス。
あたしのいいところは、気分の切り替えがすぐに出来るところ
いつだって気分が変わればすぐに行動に移せるものでしょ?
湯せんにかけたチョコレートに生クリームが馴染むように。バターが溶けて混ざっていくように。
溶かし込んだ気持ちが隠れて、知らぬ間に深い味わいに変わるの。
そしてそう、毒のようにゆっくり回って伝わればいい。
取り返しがつかないくらい、景吾に惚れてるって。
呆れるくらい、好きだって。










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昨日のズル休みの準備もすっかり返上。
朝ご飯もしっかり食べて、勢い込んで家を飛び出した。
上履きの画びょうをザラッと手のひらに空けて、箱にしまって下駄箱の上へ。
あたし宛の体育館裏ラブコールの手紙はそのままくるくる丸めてゴミ箱へ。
ホントは景吾の下駄箱に押し込んでやろうかと思ったけど、やめた。
今日くらいは寛容になってあげようじゃないの。
だって景吾がたった一つ、あたししかあげられないモノを求めてくれたんだから。


足どりも軽く、景吾の教室へ。
すぐに目に留まる女の子の人だかり。
黄色い騒ぎ声。甘い香り。
入り口近くの子に軽く会釈して敷居をまたぐと、真っ直ぐそこへ向かって歩き出す。
群がる女の子の肩に手を置くとすごい顔で振り返ったあと、呆気にとられたような顔をした。
どの子もどの子も、すごく吃驚したような顔。
なんだか面白くなって、気づけば顔にうっすら笑みが浮かんでいたみたい。
人垣をかきわけて正面に出たときに、ちょうどいい感じの笑顔が見えたかな。
景吾がクッと笑って顔を少し伏せた。
あたしはそんな景吾に両手を広げてにっこり笑った。




「はい景吾、ハッピーバレンタイン。」
「ホントにお前は大概バカだ。」




もう十分わかってるよ、そんなこと。
でもこんなバカな女が、それでもあなたは好きなんでしょ?


景吾が呆れたように笑いながら、それでもあたしが差し出した手を引っ張る。
首もとの真っ赤なチョーカーに留めたトリュフ型のチョコレートを、唇で直接絡めとって口に含む。
あたしの首に掠めたココアも一緒に舌先で舐めとる。
周りにいた女の子たちの、耳が痛くなるほどの悲鳴が聞こえる。
景吾がごくりと喉を上下させると、形のいい眉をくっきり歪めてあたしを見た。




「クソ甘ぇ…」
「思い知ったか。」




悪戯がうまく行った子どものように思いっきりニッと笑って見せると、景吾の瞳にハンターのような色が宿る。
あたしの腰を引き寄せる腕に一層力がこもる。
そうよ。とびきりお洒落してきたんだから、このままUターンなんてまさか




「口直しだ。」




させないでしょ?




…end



【反省と言うよりむしろ言い訳】


派手好きで見ていてこちらが恥ずかしくなるような彼には、おんなじようなバレンタインがお似合いでしょう。
あの歌も聴いてるこっちが恥ずかしいし(笑)、いろんな意味で恥ずかしい話にしてみました。
跡部の意図した「お前しか用意出来ないモノ」は、もちろん普通の手作りチョコです(笑)。

2006.02.07