「景吾、別れよう。」

「あぁ?」

あたしの切り出した一言は、今日という日に最も不釣合いだった。


 

 

どきどき。

 

 

十月四日。
別に体育祭でも文化祭でもないその日に、氷帝学園は上へ下への大騒ぎになる。
うちの学校の生徒ならきっと皆知っている。
あの跡部さまがこの世に生を受けた輝かしい日なのだから。
『跡部さま』に恋する乙女たちは、何日も前から戦闘態勢に入ってる。
きっとうちの学園界隈のお店は、どこもクリスマスかバレンタインデー並みの売れ行きを見せたことだろう。
跡部さまセールと呼んでやりたい。
そうして用意したプレゼントを渡すべく、これまた乙女は綿密な計画を練る。
競争率を下げようと、郵送したり、前日までにロッカーや下駄箱に詰め込んでいく子もいた。
けれど乙女の九割は堂々当日手渡し派。
かくて十月四日は朝から乙女の死闘が繰り広げられるのであった。
朝練の入り待ち・出待ち。
授業の間の十分休憩。
昼休み。
放課後・部活前・後。
『跡部さま』の行く先行く先ついて回ってプレゼント攻撃をしかける乙女たちを、あたしはその日一日ボーっと眺めていた。

 

 

去年の今日、あたしも例に漏れず『跡部さま』にプレゼントを用意していた。
あたしは彼にとってただのクラスメイトで、たまたま席が隣になっただけの関係。
でもその偶然があたしに劇的な変化をもたらした。
それまで『跡部さま』はあたしにとっては観賞用で、いつもそばに綺麗な子たちがいたから話しかけることも出来なかった。
憧れの人でしかなかった。
だから席が隣になった時はすごくドキドキして、嬉しかった。
席が隣になってから、あたしはいろんな景吾を知った。
すごく照れ屋だとか、実は笑い上戸とか、意地悪なことを言うけどとても人に気を遣う人なんだとか。
気づいたら生身の景吾に恋してた。
もうそれからはホントにどうしようもないくらい景吾しか見えなくて、好きだと言わなければ壊れてしまいそうになって。
十月四日、忍足を通じて告白した。
今考えるとホントバカなんだけど、あたしにはファンの子を押しのけて渡しに行く勇気というか根性がなくて。
仲良しだった忍足にお願いして、朝練後の部室でプレゼントを渡してもらった。
カードに一言、好きですと添えて。
好きだ好きだと思ってても、それがあたしの精一杯だった。
始業ギリギリに朝練から戻った景吾があたしの隣に座るときもバカみたいにドキドキしてしょうがなかった。

「おい、教科書見せろ。」

そういって景吾があたしの方に机を寄せた。
あたしは景吾の机寄りに教科書を広げて、少し椅子を遠ざける。
席が近すぎて心臓の音が聞こえそうだ。
先生が何か話しているのも耳に入らないくらい、景吾の方に意識が行っていた。
と、景吾が一枚の紙をあたしに寄越した。
よく見るとそれはあたしがプレゼントにつけたカード。
突き返されたのかと悲しくなったけど、よくよく見ると綺麗な字で下に何か書いてあった。

『好きです』
『お前の口から言え』

「……好きです」
「言えるじゃねーか」

真っ赤になって俯くあたしの手に景吾の手が重なった。

「俺もだから安心しろ。」

隣を見ると、心なしか顔が赤かった。

 

 

そしてあたしは景吾の隣を手に入れた。
それから一年。
彼女をとっかえひっかえだという景吾にしては珍しく長く続いたと思う。
その事実だけで、十分あたしは生きていける気がした。
だから

 

「別れようって言ったんだよ。」
「…理由を言えよ。」

景吾がものすごく不機嫌そうな声で言った。
イヤ、実際ものすごく不機嫌だ。
一日中ファンの子たちに追っかけ回され、ろくろく部活に精も出せず、精神的にも肉体的にも相当お疲れのご様子。
それを呼びつけて別れようと言うのだから不機嫌になるなと言う方がおかしいのかも知れない。
でも今日言わなきゃいけない気がした。
ズルズル引き延ばしたら、きっと言えなくなりそうだから。
あたしは大きく息をした。

「ドキドキしないの。」
「あぁ?」
「付き合いだした頃は手を繋いだだけでドキドキして死にそうだったのに、今は全然ドキドキしないの。」

一年という時間の中であたしたちはいっぱい手を繋いだ。キスをした。体を重ねたことも何度かある。
あたしにとっては全部初めてのことで、いつもいつもドキドキしてた。
でも最近そういうのがなくなった。
これがマンネリというものなのかな。
手を繋いでも名前を呼ばれてもドキドキしない。
そのとき今まで感じなかった不安を感じた。

「ドキドキできないあたしが景吾の隣を独り占めしてるのっていけない気がするの。」
「だから別れようってか?」
「うん。」
「わざわざ俺の誕生日に?」
「祝ってくれる人は大勢いるよ。」
「俺が嫌いなのか?」
「……」
、言えよ。俺が嫌いなのかよ。」
「だってあたしは景吾の隣にいる資格がなくて…」
「そんなん聞いてねぇよ。俺のことが好きなのか嫌いなのか、お前の口からはっきり言え。」

ドキン

「……好きです」

ドキドキ

「言えるじゃねーか」

ドキドキドキドキ
あれ?どうしてだろうすごくドキドキする。
慌てるあたしを景吾がギュッと抱きしめた。
ドキドキがもっと大きくなる。

「お前はぐちゃぐちゃ考えすぎなんだよ。俺のことが好きならそれで十分だろ。」
「でも他の子たちもそうじゃない。みんな景吾のことが大好きなんだよ。」
「でも俺はお前しか好きじゃねぇ。それはどうにもならねぇよ。」
「あたし…景吾に選ばれたって自信持っていいのかな。景吾のこと大好きだから離さないって言っていいのかな。」
「ばーか。お前も俺を選んだんだろ?」

何一人で不安がってんだよって景吾に小突かれた。
そっか、あたしも景吾のこと選んだんだ。
景吾があたしを選んでくれたように。

「えへへ…ごめんね景吾。」
「もう別れるなんて言うんじゃねーぞ。」
「うん。あ…あのね、さっきからまたすごくドキドキしてるんだ。何でかな。」
「初心に帰ったからだろ。」
「初心?」
「単純に俺が好きだってこと。」

ああそうか。
あたし一番大事なこと見失ってたのか。

「ごめんね景吾。」
「他に何か言うことねぇのかよ。」
「えーとえーと?」
「チッ…今日何の日かわかってんのか。」
「あっ!ごめっ…!お誕生日おめでとう!」
「遅ぇよ、バーカ。」

そう言って景吾はまたあたしを抱きしめる。
あたしはその唇に、最上級の大好きを贈った。
世界で一番好きなひと。
生まれてきてくれてありがとう。

 

…end




【反省と言うよりむしろ言い訳】


祝う気あるのか、私(笑)。
おまけにひねりの欠片も無いタイトルだし;
いきなり別れ話で焦った方ごめんなさい。
突発的に書いたもので、あちこちおかしい所満載かと思いますが、愛ゆえなので許してください;
ついでに名前変換も極端に少ない;;
とにもかくにも跡部さまお誕生日おめでとう〜vv
ケーキは侑士のときにまとめて食べることにします(笑)。


2003.10.04